赤い糸
第2章 愛する人
「そか。」
談話室の窓から眺める景色が目に入らない。
5階から眺めれば電飾がキラキラと煌めいてるはずなのに
「まだ決定じゃないんだろ?」
「決定じゃないんですけど…ほぼ間違いないと思います。」
美紀ちゃんはオブラートに包むことなく現状を話してくれた。
空港の駐車場で子供が飛び出したのを璃子が庇うように助けたと。
助けた子供は擦り傷程度。
そのかわり璃子は頭を強く打って意識を失った。
どうも話が噛み合わないと運ばれた病院で検査をしたが結果は問題なかった。
ならばと専門医のいる璃子と美紀ちゃんが働くこの病院に転院してきたらしい。
「忘れてるのは京介さんだけじゃないんです。野球のこと全部なんです。」
「は?」
璃子と俺が初めて逢って二人の時間を過ごした場所も?
「全部って…全部?」
「はぃ、長谷川さんのことも幸乃さんのことも佑樹さんのことも、散々通った球場のことも…全部記憶がないみたいなんです。」
「ウソだろ。」
目の前に広がる闇は俺の心と一緒だった。
記憶喪失なんてドラマみたいな話。
現実にそんなことが起きるなんて考えたこともなかった。
「でも、すぐに思い出すんだろ?まぁ、来週の旅行は無理だとしても頭のキズが治る頃には…なんて。」
だからかな。ドラマのような筋書きが頭をよぎる。
目を覚まして俺の顔を見たら 大きな目を見開いてニコリと微笑んで『夢見てました』なんてな。
「そううまくいくといいんですけど…ドクターの話ではなんとも言えないそうです。すぐに思い出すこともあれば一生思い出さないこともあるって…」
一つずつ俺のなかで納得させようとすると美紀ちゃんは現実を突きつけてくる。
「なんだよそれ。」
暗い窓に美紀ちゃんの困った顔が写し出される。
美紀ちゃんだって同じなんだよな。
俺は振り向き微笑みながら美紀ちゃんの肩をトンと叩く。
「大丈夫。アイツは絶対に思い出すから。」
でも、美紀ちゃんは微笑むこともせずにさっきよりも深刻そうな顔をして言葉を紡ぎ続ける。
「それともう一つ…隠しとけないので話しますけど…」
「何?」
「記憶が混同してるみたいで…璃子の記憶の中では…」
まさか俺をこれ以上闇に突き落とすのか?
「一緒に居た川野先生と交際していることになってます。」
なぁ、神様…俺何かしました?