赤い糸
第12章 赤い糸
「さて…」
今の私の記憶ではこの駅を降りたのは2度目。
改札を左に出て携帯ショップが入ってるビルを右に曲がって
…次は確か
大きな樹がある緑色した屋根のお屋敷を右に曲がると
「正解。」
京介さんのマンションが見える。
だいぶ日が延びたから19時を回ってもまだ空は夜に成りきれていなくて
…ここからも夕焼けが見えるんだろうな
路地の間から紫色した西の空を眺めた。
「…まだ帰ってきてるわけないか。」
京介さんの部屋のある5階の明かりは疎らで
「待たせてもらおう。」
エントランスの前でその時を待つことにした。
『強くなったね。』
今日、お昼休みに美紀から言われたこの台詞。
誰かに頼らず自分で鍵を返しに行こうなんて私の知ってる璃子じゃない。と美紀は驚いていたけど
もう逢うこともないと考えると自然と力は湧くもので
…最後だもん。やれるだけのことはしよう。
変な勇気が心に溢れていた。
*
ゴールデンウィーク前の金曜日の夜。
職場の先輩に珍しく誘いを受けたけど気分の乗らない俺は先輩命令を断って帰路に着いた。
途中のスーパーで割引になった惣菜を手にして帰るいつもの道
…満月か
空を見上げればやけに明るい輝きが荒んだ心を和ませる。
…カシャ
そんな満月をスマホの中に納める。
たいして意味なんてないんだけど
「よく撮れてんじゃん。」
消せずにいるアイツとの思いでの日々が納まってるアルバムの中に関係ないものを入れたくて
…カシャ
ここ最近不必要にスマホのシャッターを切っていた。
それなのに…
「…え。」
エントランス脇の昨日までは咲いていなかった名も知らない黄色い花の横に立つ忘れられない女
「…ウソだろ。」
俺の足は地面に吸い付いてしまったように動けなくなる。
スマホから視線をはずしてもう一度その場所を見据えると
…なんで?
一瞬驚き姿勢を正して、次の瞬間微笑んだアイツは
…チリン
バックから鈴の音を鳴らしながらハートのキーホルダーの付いたそれを空高く掲げて
「こ、これ!返しに来ました!」
なんて、今までで一番大きな声を張り上げた。
…ったく。
すげぇ嬉しいけど 鍵を返しに来たという現実。
アイツ以外で埋め尽くそうと思ったのに
…カシャ
そのはにかんだ笑顔に負けて俺はシャッターを切った。