
オオカミは淫らな仔羊に欲情す
第3章 導入部・その①
そう。もう、産婦人科の検査で確かな結果が
出ているのだから、その結果は覆せない。
けど、分かってはいても、万が一、あの検査結果が
間違えだったら――って、淡い期待から、
昨夜、もう1度自分で再検査したのだ。
絢音はさっき以上に顔をひきつらせ、蒼白のまま
理玖の話しに耳を傾ける。
「何回か学校でも吐いてたろ」
もう下手な言い逃れは出来ない、絢音は観念したよう
深々とため息をついた。
「ま、今まで誰かにバレなかったのが不思議なくらい
だわな……で、どうする気なのさ、ハラの子」
「どうする、って……まさか、産むわけいかないん
だから、選択肢はひとつしかないでしょ」
「……父親は、笙野裕?」
「……」
「あ、奴なら病院の費用くらいは楽勝だな。
ひょっとしたら慰謝料だって取れるかも」
すると、絢音は寂し気に薄く微笑んで
「――って」と、小声で呟いた。
その呟きはあまりに小さく聞き取れなかったので、
理玖は「え?」と聞き返した。
「……尻軽女救済の為にアルバイトしてきた訳
じゃない、って――それに、そのお腹の子が
ボクの子供だって証拠は何処にあるんだって……」
「!!あ(な)んだと ―― っ、あん野朗……」
「だ、大丈夫よ、堕胎費用はお年玉貯めてた
やつがあるから」
「でも ――」
「お願いだから、父さんと姉ちゃんには内緒ね?」
「こ、こんな事言える訳ねぇだろ。特に、姉ちゃん
になんかバレたらお前今度こそ修道院にでも
入れられちまうかも」
「'`,、('∀`) '`,、ハハハ ――修道院か……」
滑稽で、情けなさすぎ ―― 笑いが出た。
けど、それはすぐ、
自身を責める悔恨の涙となって、
絢音の頬を流れる。
「ば、バカヤロ、な、泣くなよ……」
こう見えても兄弟の中で一番心優しく、
気配りも細かい理玖は、誰かに泣かれるのが
大の苦手だった。
「ご、ごめん……」
大の苦手でも、尊敬してきた姉がこんなにも
弱っている姿は、さすがに見るに忍びなく。
理玖は黙って絢音を自分の胸に抱き寄せた。
「貸してやるのは、今日だけだからな」
「……ん、あ”りがと、理玖……」
