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ペンを置いた日

第1章 忘れないで

男は女の察しの良さが昔から苦手だった。
妹とも、母とも全て見透かされているようで、会話ができない。
しないということではなく、しにくいのだ。
人並みに思春期があった男は、思春期が過ぎてもそれは変わらず、今も尚妹との会話にどぎまぎしていた。


「おい、努。久しぶりなんだ、少しは話をしたらどうなんだ」

家に入ると、男の父が話しかけてきた。
努力するようにと名付けられた努という名前は男には重すぎる名前である。
男は答える。

「部屋の掃除を終わらせたい。話すなら、その後でね」

男の背に呼びかける父の声を無視し、男は部屋のある二階へと上がっていった。

三年前、ずっと夢見続けて、今はもう叶わぬ夢となってしまった漫画家、それを諦めてからというもの、男は人生の目標を失ってしまい心に穴が開いたように寂しく、暗く、表現のしようのない感情にかられている。
自分でも、馬鹿だと思っているのに、夢はいつかは諦めなければいけないと、夢を諦めてしまった。
そんな自分が、今でも情けない。
そんな情けない自分の過去を、具現化したものが、男の目に飛び込んできた。

部屋の扉を開けると、その奥、窓の前に座っていた少女──
それは、男が初めてデザインした、そしてずっと一緒に夢を追ってきた、漫画のキャラクターだった。
透き通るような白い肌、日本人らしい黒い髪には似合わない青い瞳、ワンピースを着て、真っ暗な部屋の中、唯一光の通る壊れた窓の前に、少女は座っていたのだ。

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