BLUE MOON
第8章 過ち
「あ…ゴメンナサイ」
シャワールームから出ると涼くんはスマホを耳に当てながら人差し指を唇に当てた。
「…いいよ、付き合うよ」
私には向けられたことのない始めて見る柔らかな表情と優しい声
…なるほどね
一瞬で電話の相手がわかった。
それは私よりも愛されてる彼女だと
「…米買うんでしょ?歩いて持って帰ってくるのはさすがに無理でしょ」
涼くんはソファーの上に放たれたネクタイと窓際の椅子に無造作に掛けられたジャケットを手に取りながら私に早く支度をしろとジェスチャーで伝えた。
「…今からだとそうだな…昼前には戻れるかな」
私はベッドサイドのハンガーに掛けておいたワンピースをさらりと羽織り涼くんの前に後ろ髪をかきあげ立つ。
ジーっ
「…昼飯か、たまには食いにでも行こうか」
涼くんは話ながら私の背のジップを機械的に上げると任務完了とばかりに窓際のソファーに座りいつの間にかルームサービスで頼んでいたコーヒーに口をした。
振り向いてもくれないお粗末な対応に虚しさと孤独を感じる。
幼い頃から私は涼くんが好きだった。
意地悪なことを言うお兄ちゃんと違って優しくて勇敢でいつも私の味方だった。
テスト前に勉強も教えてくれたし、海までドライブしたいって言ったら連れてってもくれた。
彼氏と喧嘩したときだって話を聞いてくれた。
いつだって私の欲しい言葉を紡いでくれたのに
…どうして
会社の利益になる私じゃなくて お米を一緒に買いに行こうだなんて話す一般家庭の利益もない子を選んだのだろう。
「…大丈夫。昨日チャット飲みすぎちゃっただけだから、さっき薬も飲んだし…」
眉間にシワを寄せて未だに苦しそうにしてる涼くんに少しやり過ぎてしまったかなって反省してたのに
…なによ
抱いたと思えば心変わりをするかと期待したけど 涼くんはスマホの向こうの彼女にしっかりと心を掴まれていた。
分かってはいたけどやっぱり気に入らない。
…バタンッ!
私は反抗の意味を込めてバスルームの扉を勢いよく閉めた。
この作戦は失敗したけど私は素直に引き下がるほど聞き分けのいい女じゃない。
真っ赤なルージュを唇にのせると
「ムカつく」
怒りの矛先を涼くんから違う世界に住む一般家庭の彼女に向け
「欲しいものは必ず手にいれる主義なので」
まだ見ぬ彼女に戦線布告をした。