BLUE MOON
第1章 コーヒーと花束
好き勝ってやってきたからそれなりに経験があるつもりだけど
「不幸になる?俺が?…クククッ…アハハハっ!」
こんな抽象的な言葉で振られたのは初めてだった。
「園田さんは酷いな。オッサンをそんな言葉で突き放すなんて」
「そ、そんな!」
こんなときは少しチャラけた方がいい。
「振るならさ『オッサン臭いからイヤ』だとか『タイプじゃない』とか色々あるでしょうに」
だって視線の先にいるキミは今にも溢れそうな滴を大きな目にグッと貯めていて
「あのね、俺はそんな簡単に『結婚』なんて言葉使わないよ。必ず園田さんと一緒に俺もしあわせになるから」
キミは笑顔の裏に大きな何かを背負っていたんだね。
「だから…俺を信じて」
手を伸ばし彼女の髪を撫でる。
思っていた通り柔らかな髪。
彼女らしさに触れてさらに沸き上がった感情は
「俺は園田さんといたら絶対に幸せになれる」
どんなキミでもすべてを受け入れると確かな感情。
「チーフはわかっていません!」
俺ごときが紡いだって純粋なキミの心には届かないかもしれないけど
「園田さん、人は幸せになる権利を平等に持っているんだよ」
言わせて…
「…俺を信じて」
30過ぎたオッサンがやっと見つけたプリンセスなんだから。
*
「園田さん」
アーモンド色の瞳は私をまっすぐに捕らえていた。
あの日 私の軽率な発言で大切な人を亡くしてしまった私。
何故だろう
こんな時に思い出したのは、私を一度も咎めなかった5つ上で両親の代わりに育ててくれた杏子姉ちゃん。
私が就職すると役目を果たしたと長年付き合っていた彼と結婚した。
チャペルでのお姉ちゃん涙が忘れられない。
あのとき、誰よりも輝いていた杏子姉ちゃんのように私も幸せになっていいの?
桜木チーフは私の頬を伝う涙を指で拭うと
「園田さん」
優しい声で名前を呼んでくれた。
私はただコーヒーを一杯淹れただけ。
たったそれだけで始まる恋
ずっと塞いでいた心の鍵をこの人に預けられるだろうか
ビルの谷間にひっそりと佇む小さなお好み焼き屋さんで
「俺と幸せになろう」
私はアーモンド色の瞳に魔法をかけられたようにゆっくりと頷いた。
「ありがとう。よろしくね、ピーチ姫」
「ピ、ピーチ姫?」
そうだ…今日はパパとママとお別れをした日と同じ…満月だった。