
BLUE MOON
第10章 モノクロ
目が覚めて
いつものように身支度を整えて
「…えと」
クリーニングから上がったばかりのネイビーのスーツに袖を通し無難な色のネクタイをつける。
…チャリン
玄関脇の小さな籠からキーケースを取り出して家を出る。
最寄り駅から電車に揺られて10分
駅から職場までは5分
「おはよう」
人も疎らな営業部のデスクに腰を掛け
いつも立ち寄るコンビニで買った新聞2紙とコンビニコーヒーをデスクに広げて仕事モードのスイッチを無理矢理入れる。
「桜木チーフ、おはうございます」
「おはよう」
「今日もコーヒー買ってきちゃったんですか?」
「悪い、つい癖でね」
モモの代わりについたアシスタントの子が毎朝懲りもせずに届けてくれる不味いコーヒー
「せっかくだから頂くよ」
一口も口をつけることのないコーヒーを今日も笑顔で受けとる。
「あの…今日の予定を確認したいんですけど…」
「悪いけどあと10分待ってくれる?」
ホント、タイミングの悪いアシスタント
毎朝のことなのにどうしてわからないかな。
化粧も髪の毛も何時に起きて作ったんだっつうぐらい完璧なくせに
…いけない、いけない
こんな日々もかれこれ2ヶ月
モモが会社を辞めて2ヶ月
…今日の月は
いまだに抜けない新聞の暦欄を見る癖
モモは別れを告げた翌日に辞表を提出して簡単な引き継ぎを行ったあと、魚住の計らいで3日で職場を後にした。
仕事に追われ出張続きだった俺がモモの退職を知ったのは一週間も遅れてからだった。
モモと別れて心の闇はさらに深い闇になる。
毎朝、何気なくコーヒーをデスクに置いてくれて 絶妙のタイミングで当日のスケジュールの確認しに来る。
そして必要な資料やお礼状をさりげなくデスクの隅にスタンバイしておいてくれる。
…下弦の月か
いつまでたっても彼女のことを考えてしまう自分に嫌気が差す。
別れを切り出したのはおまえだろって…泣かせたのも苦しめたのもおまえだろって…
「チーフそろそろいいですか?」
…だからタイミング悪いんだよ
「あぁ、始めようか」
あと何年こんなに澱んだ世界で生きていかなきゃいけないんだろう。
「チーフ聞いてます?」
…聞かなくったってわかるよ
「聞いてるよ」
モモを手離したことで眩しかった鮮やかな世界が俺の前から消えた。
