BLUE MOON
第11章 ムーンロード
「ったく、いつまで降るのかねぇ」
「ホント、よく降りますね」
『春時雨』言葉で表すと綺麗な表現なんだけど、私はこの長雨のせいで朝から胸の辺りがソワソワして気分が優れない。
いつもなら陽の光が水面をキラキラと輝かせるのに最近は厚い雲に覆われて海の色もくすんで見えた。
それでも濡れれば同じと海を愛する人たちはポードの上でいつもより高い波を待っている。
「こう毎日降られると海に入る気も失せるんだよな」
「岡本さんの場合関係ないと思いますけど」
お店の常連さんで自称サーファーの岡本さんは昼過ぎにお店に顔を出すとだいたい夕方までいる。
「だから、俺は結構上手いんだって」
「はいはい、上手いんですよね」
日焼けした肌に白いシャツがよく似合ういかにも遊び人って感じの出で立ちなんだけど
~♪~♪
「もしもし…Hello!」
スマホを手に取るとありとあらゆる言語を使ってさっきまでのチャラけた雰囲気を消し去り
「We will arrange to arrive next week」
そつなく仕事をする。
しかし…
「あ、ももちゃんまた俺に惚れちゃったでしょ?」
そのままそのインテリキャラを貫き通せばいいものを電話を切るとヘラっともとに戻ってしまう。
「ももちゃんは照れ屋さんだなぁ」
面と向かって真面目な話をしたことはないけど知識は豊富で話していて飽きることはない。
なので、塩対応で振る舞ってもお互いそれを楽しんでいるって感じだった。
そんないつも通りの昼下がりの光景だったのに
~カランカランカラン
雨が降っているわりにお客さんが多いなと心にひとつ溜め息を落としながら
「いらっしゃいませ」
いつものように声を張ると
…うそ
赤いピンヒールをカツカツと鳴らしながら案内もしていないのに空いてる席に勝手に着く女性
…どうして
「すみません」
彼女は手を上げると店を一通り見渡して
「こちらに“桃子”って方いらっしゃいます?」
私を注文した。
「…」
「…失礼ですがどちらさまでしょうか?」
全く動けない私の横にスッと並んで背を撫でてくれたのは察知してくれた夏海さんだった。
彼女はクスリと微笑むと話をしている夏海さんではなく私の目を見て
「雅と申します」
会釈した。
そうか、これは雨のせいじゃなくて胸騒ぎだったんだ。