BLUE MOON
第3章 鼓動
私の彼氏は忙しい。
「あの…そろそろ会議じゃないですか?」
「うわぁマズイ、忘れてた」
冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干し、資料を手に取って颯爽と会議室へと向かう背中を見送った。
分刻みのスケジュールとまでは言わないけど 毎日山のような仕事をこなす私の彼。
仕事は完璧 部下からの人望も厚い彼のアシスタントについてかれこれ二ヶ月
想いの丈をぶつけたあの日からかれこれ1ヶ月以上
実は…二人の時間が全く取れずにいた。
その間にチーフの歓迎会が盛大に行われたり チーフが任されているチームの飲み会があったりと彼+αで過ごす時間はあったんだけど
忙しいのは分かってる。分かってはいるんどけど…寂しい日々を送っている私がここにいた。
恋心を復活させてしまった私は、もしかしたら…なんて思いでハンバーグも肉じゃがもいつでも作れるように冷蔵庫に材料を用意していたりするのに
…痛いオンナだなぁ
職場では顔を会わせているからそこまで寂しいわけではないけれど
触れるというか…重ねるというか…恋人同士ならではの行為が…
「ふぅ…」
全くなかった。
こんなことを女の私が想うなんてどうかしてるとは思うんだけど
あの日車の中で抱きしめてもらったぬくもりと力強い感触がこの体にまだ残っている。
…今週末もやっぱり忙しいのかなぁ
世間一般がお休みと言われる土日だって接待ゴルフやらなんやらで彼とは逢えていない。
そんなわけで最近で出した答えが…どうやら楽しみにしてるのは私だけらしいということ。
…今日は半月なんだけどなぁ
紫色に変わり出した空を眺めながらあの日少しだけ見えた月を探していると
「桃ちゃん」
魚住課長が会議室のドアを少し開けて
「悪いんだけどコーヒー6つお願いできる?」
「はい、6個ですね」
と、今日の会議が長くなると予感させる言葉を紡いだ。
…のんびり待つしかないんだよね
私はそう自分に言い聞かせて彼が飲み干したカップを手に取り給湯室へと向かった。
今やれることはただひとつ。
疲れている彼に丁寧にコーヒーを淹れること。
…いい香り
そっと目を閉じてコーヒーの香りに包まれると
「モモ…」
…え
給湯室の入り口に寄りかかりながら微笑む愛しい彼がそこにいた。
久しぶりに触れたあの優しい微笑みに私の鼓動は一気に速まった。