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BLUE MOON

第3章 鼓動


ただ名前を呼んだだけなのに

「お疲れ様です!」

どうしてキミは満面の笑みを俺に向けてくれるんだろう。

俺はキミをこの1ヶ月以上も放っぽらかしていたのに

「相変わらずいい香りだね」

「ありがとうございます」

キミはコーヒーポットを片手に三日月のように目を細めて首を少しだけ傾け俺の心を鷲掴みにする。

だからだよ…

だからせっかく手に入れたキミをこの1ヶ月誘えなかったんだ。

無理言って本社に戻してもらった以上、結果を残さなければならなかった。

…そうしなければキミを幸せになんかできない。

「いいんですか?ここで油売ってて」

「煮詰まっちゃってさ。少し気分転換にね」

毎朝キミの淹れてくれたコーヒーを飲んで無理やりスイッチを入れてただひたすら働いた。

営業とは結果を残してナンボの世界。

ここに来て改めて思ったんだ。

俺はただ成績を上げればいいだけの存在じゃないってこと。

チヤホヤされる分厳しい目を向けられてるってこと。

「少し頑張りすぎじゃないですか?」

「そう?」

「ご飯ちゃんと食べてます?」

「食べてるよ。」

今は二人の関係を内緒にしているけど、いずれ公表するつもり。

そのときに俺がひとつでもミスをしていればキミにもその矛先は向かうかもしれない。

「心配してくれるの?」

「そりゃしますよ。土日だってゴルフに会合と働き詰めじゃないですか」

「モモをおいてね」

「そうですよ…」

キミをアシスタントとしか見ないようにして、放っぽらかしてまで打ち込んだ仕事も今日の会議が終わったらとりあえず一段落する。

「もしかして 寂しかった?」

「…少し」

「少しか…俺はスゴく寂しかったけどね」

「…ズルいです」

モモからコーヒーカップを1つ受け取って真っ赤に染まった顔を覗き込む。

「モモ…」

「…なんですか」

「週末は空いてる?」

職場では俺たちのことは内緒にしようと決めたのに

「ハンバーグ 食べに行ってもいい?」

誰かに聞かれちゃマズイ台詞をさらりと言葉にする。

「味の保証はしませんよ?」

モモは拗ねて唇を尖らせたまま 髪を耳にかけさらに顔を赤くする。

「土曜の夕方に行く」

俺は俯くキミの髪をそっと撫でて給湯室を後にした。

とりあえず終わらせなきゃな。

ハンバーグよりもデザートのために。

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