
水曜日の薫りをあなたに
第1章 水曜日、その香りに出逢う
店主の言うとおり、今夜は災難だった。仕事帰りに電車で隣に座った女性が香水臭かったのだ。
正確にいえば、肌と肌が触れ合うくらい近寄らなければわからないほどの微香だった。気づく人は気づくが、たとえばこうしてバーのカウンター席にいても許容されるレベルだろう。
だが他の人間は気にも留めないくらい微々たるものでも、薫にとっては仄かに漂うだけで気分が悪くなる原因になりうる。
昔から、薫の嗅覚はなぜか香水に対して尋常でない拒否反応を起こす。この高くも低くもない標準的な鼻は、その人工的な匂いを毒だと認識しているらしい。
強い芳香剤もその類だ。“薔薇の香り”だとか“柑橘の香り”といっても、やはりどこか化学的な匂いを感じてしまう。芳香より消臭――これは彼女の中では揺るがない。
もちろん、香水や芳香剤以外の匂いは受け入れられる。本物の花や森林から発される空気、雨の匂いも嫌いではない。そこには、造られたものでない、自然の息吹を感じることができるからだ。
そういう意味では人の体臭も、直感的に好感の持てる相手のものならまったく気にならない。だが皮肉な話、今まで付き合った男で気にならないのは一人もいなかった。
