
水曜日の薫りをあなたに
第1章 水曜日、その香りに出逢う
「さて。なににしましょうか」
気分が落ち着いてきたところで、店主が声をかけてきた。
「じゃあ、カルーソーをお願いします」
「かしこまりました。いつものですね」
そうやって極上の笑みを向けられたら誰でも惚れる、と薫は思う。表通りから少し離れたビルの七階なのに、この店に女性客が多く訪れるのはこのせいだと。
薫の唯一の愉しみである、水曜日のバー通い。週末まで半分を残した週の真ん中、折れそうになる心を癒してくれる。今まで様々な店を訪れてきが、中でもここは最近のお気に入りで毎週顔を出している。
店の魅力はなんといっても店主の芸能人顔負けの容姿で、薫よりもかなり年上で妻子持ちという噂まであるのにまったくそれを感じさせない。
無論、気に入った理由はそれだけではない。酒もつまみも美味しいし、通い始めてまだ二ヶ月にもかかわらず、店主は薫の顔と名前、そして一杯目に頼むカクテルを覚えている。
男性の常連客も多く、信頼も厚そうで、決して話題性だけで人気があるわけではないことがわかる。
最初はただの好奇心で訪れた人も、いつの間にか彼の魅力に夢中になっている。自然と人を惹きつけ、それを継続させるだけの実力が彼にはある。バーの仕事はきっと天職なのだろう。
