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じゃん・けん・ぽん!!

第18章 毒牙を持つもの

 その重みに耐えられず、やぶれかぶれで口をついて出たのは、
「そういう自分は、なんで逃げるんだ」
 という逆の質問だった。
「私は――」
 か細い手首で口元を隠しながら、詩織は俯いた。もともと俯きぎみだから、本当に俯くと、ほとんど顔が見えない。ただ、眼鏡だけが、前髪の下からわずかに見える程度だ。
「私は、健人くんが追ってきたから逃げたんです。向かってこられたら、怖いから」
 それは否定できなかった。健人も、もし自分よりも大柄な人間が向かってきたら、きっと逃げるだろう。
「健人くんは、なんで私のことを追ってきたんですか」
 元の話題に戻ってしまった。健人の質問は、時間稼ぎにもならなかった。
 健人は、あらためて考えた。
 どうして健人は詩織を追ったのか――その答えはひとえに、晃仁に言われたから、だ。それ以上の答えはない。だからここは、切り口を変えてみるしかない。
 どうして健人は詩織を追ったのか――そう考えるのではなく、どうして晃仁は、健人に向かって、詩織を追えと言ったのか――そう考えてみる。
 そうすると、いくつか思い当たることがあると気づいた。
 まず晃仁は、健人は毒牙にかかっている――と言っていた。
 さらに、健人を毒牙にかけた人物のことを、飛縁魔だと言っていた。飛縁魔とは、男の血を吸って殺す吸血鬼のようなもの――らしい。
 健人を毒牙にかけた飛縁魔。その人物の名は――。

 伊藤詩織――。

 晃仁はそう言っていた。
 とはいえ、晃仁が詩織を貶めようとしているとは、とても思えなかった。晃仁は、よく頭が働く。しかし、それを悪いように使う人間ではない。少なくとも健人が知っている範囲では、晃仁はその知恵を悪用していない。健人に、詩織を追うように言ったのも、詩織を拙い目に遭わせようとしたから――というわけではないだろう。とすれば、詩織を飛縁魔呼ばわりするのにも、それなりの理由があるはずだ。
 さらに――。
 健人自身も、詩織に対して疑問を抱えていた。気づかなかったわけではない。気付かないふりをしていただけだ。それは、かなり根本的な疑問だった。

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