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じゃん・けん・ぽん!!

第7章 発議

「これだけの生徒が、下駄箱の交換を望んでいます」
 と、評議委員はいった。
「まさか」
 思わず唾を飲んだ。一人や二人からの要望ならともかく、これだけ大勢の生徒が望んでいるとなると、さすがに生徒会長といえど無視はできない。しかし裕子は、生徒会長としてではなく、池田裕子として、この要望を飲むわけにはいかなかった。なぜなら――。
 その理由を思い出すだけでも、裕子は顔が熱くなる。
 吹き出る汗が雫となり、こめかみを伝うのを感じた。それを腕で拭って、裕子は名簿に目を通し続けた。すると――。
「あ!」
 思わず声をあげてしまった。
 名簿の中に、知った名前があったからだ。
 馬淵学。
 裕子の級友の名前だ。
 知った名前どころではない。学は、口には出さないけれども、裕子に好意を向けている。それとない仕草などに、裕子はそう感じていた。もっとも最近の例でいえば、数学のノートだ。ノートを借りるのにあんなにどぎまぎとした様子を見せる必要はない。なのにあんなに気まずい雰囲気を出していたということは、それはつまり、学は、ノートを借りたいという目的以外の何らかの思いを秘めているということだ。そして思いを秘めているということは、それは好意だろうと思う。好意より他に、秘めなくてはいけないような思いはないからだ。さらに言うなら、裕子は鼻にはかけないが、自分の容姿に自信を持っていた。それが、学から好意を寄せられていると判断した理由のひとつでもある。
 その学の名前が、名簿に載っている。
 裕子が下駄箱の交換に反対していることを、学は知っている。だから敵に回るようなことはないだろうと思っていた。なのに、この名簿に名前がある。
 裕子は学を見た。
 生徒会で風紀委員をやっている学は、室内の席のひとつに座っている。裕子が目を向けると、学も裕子の方を見ていた。
 視線が絡む。
「ど――」
 どういうこと――と問い詰めようとして、裕子は唾を飲んだ。
 問い詰めることはできない。学は裕子への好意を表明したわけではないからだ。少なくとも表向きは、祐子と学は恋人同士ではない。つまり、これは〝裏切り〟ではないのだ。そもそも、仮に恋人であったとしても、好意は個人的な感情にすぎないわけだから、生徒会の決議にそれを持ち込んではいけないのだが・・・・・・。

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