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え?元アイドルのお従兄ちゃんがわたしのクリフェラ係ですか!?

第5章 想い、あふれる

 詩菜に贈られたその花は、海辺に咲く蔓荊《ハマゴウ》の花だった。
 実際には蔓荊が痛み止めになるのは花ではなく、その実を乾燥させた漢方薬だ。それでも夕謡は詩菜の気持ちが嬉しくて、その間違いを今になるまで正したことはない。

「お従兄《にい》ちゃん、笑った」

 花を受け取った夕謡を見て、詩菜が嬉しそうに笑って言った。今笑ったのは詩菜ではないのか? そう夕謡が問うと、詩菜はこう答えたのだった。

「お従兄《にい》ちゃんが笑ったから、詩菜も笑ったんだよ。お従兄《にい》ちゃんが笑ってくれると、詩菜も嬉しいよ」

 てらいなく笑う詩菜の笑顔を見て、夕謡は思った。
 この従妹をいつも笑顔にしてあげたい。自分なんかの笑顔に一喜一憂する詩菜を、いつでも笑顔でいられるようにしてあげたい――。

 それから夕謡は少しずつ積極的になり、友人たちとも打ち解け、クラスでも存在感を示せるようになった。そして、アイドルの仕事ができるほどにもなった。
 それでも夕謡の根っこにあるのは繊細で、内気で寂しがり屋の幼い自分だ。そしてそんな夕謡を支えているのは、詩菜を笑顔にしたいというただ一途な想いだった。

 芸能活動にかまけて一時は詩菜をおろそかにしてしまったけれど、これからはずっと、自分が詩菜を笑顔にさせるのだ。そして、その笑顔を未来永劫守ってゆきたい――。

「……っ」

 想いが溢れ、夕謡はシャツの上から蔓荊《ハマゴウ》のペンダントを握りしめた。

(僕の心は、僕の体でさえも詩菜の為にある。だから僕は自分の気持ちを、欲望を詩菜に押し付けることはしない――)

 それが、夕謡が自らに課した重い枷だった。そうすることが詩菜の為だと、そう信じていたのだ。

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