
触って、七瀬。ー青い冬ー
第12章 赤糸の行方
伊織から大学、という言葉が出る度、
突然世界が真っ暗に変わる。
抱えきれない、頭が襲う。
「あんだけ必死になって働いて、
身体まで売って、稼いで」
伊織は俺を責める。
俺は大学に通いながら、真っ当な将来を夢見ていた。
きちんとした会社に入って、伊織が自立できるまでは、伊織の学費を稼いで、サポートしていくつもりだった。
伊織が自立したって、伊織の面倒は見るつもりだった。
そんな中、大学に通いながらバイトに明け暮れていると、突然麗子さんという人が現れた。
俺は、もう何もしなくていい、
自分のために生きなさいと言った麗子さんを目の前にして、喜べなかった。
なぜなら俺は、15歳で父を亡くし、絶望している母を見て、俺がこの家族を守ると決めていた。
それだけが俺の生きる意味で、
生まれて来た意味で、母がいなくなった時には、伊織が俺の生きる意味だと思った。
伊織を自由にしてあげることが、
俺の生涯の目的で、生きがいだった。
それが突然、そんなのもう、いいんだよ、
なんて言われて。
俺はどうしたら良かったんだろう。
大学だって、本当は文系の、語学の大学に進みたかった。
でも、社会で需要が多く、内定が貰いやすいと言われた理系の大学に進んだ。
それもこれも、伊織のために。
自分を犠牲にしたということではなくて、
自分のために、伊織の幸せを選んだのだ。
麗子さんが現れて、俺の生きる意味は完全に失われた。
それから、手を出していた夜の店に入り浸るようになった。
「あん時はまだ、信じてたよ。
あんたが正気に戻って、兄貴に戻ってくれるって」
俺は大学を卒業して、就職活動すらせずに放浪していた。
夜の店には変わらず通ったまま。
そして今だ。
「何のための大学だよ。
朝帰りして、体壊して、玄関で倒れてまで働いてたのは、何のためだったんだよ」
俺が聞きたい。
「頼むから、社会復帰しろよ。
こんなビルの中で閉じこもって
遊んでないで」
