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触って、七瀬。ー青い冬ー

第19章 夢色の雨



だからよく逃げ込んだ

「っ…はぁ、はぁ」

息をするために

息を吸う、息を吐く

ただそれだけのことが恥ずかしい


そんな自分のおかしさに気付きながら

自分で自分を嘲笑いながら



逃げこんだ



人目のない場所ならどこでもいい


トイレ、階段の下、廊下の隅


どこでもいい、この人混みの中から逃げ出したかった


息がしたかった


トイレに逃げ込んだら鍵をかけて



大丈夫、誰も見てない


「…はぁ…」


ようやく息ができた



出来ることならあの教室に帰りたくなかった
だけど

僕は頑張っていた



教室にいると笑い声が全て自分に向けられているような気がした

視線が怖かった



まるで自分だけが異星人みたいな
まるで自分だけが場違いな気がして


《自意識過剰じゃない?
誰もあなたなんか見てないから》


ある日、視線恐怖症という言葉を母に言った時

そんな言葉で片付けられた


違う、真逆だ

自信がないから怖いのに

誰も見ていないから怖い

誰も本当の僕を見ていないから

誰も僕のことを見ていないから


母の視線も怖くなった



わかっている

誰も僕のことなんて見ていない

だけど

僕の中の不特定多数の誰かが僕を見ていた

一人と目が合うと そこから感染していくみたいに

そこにいる全ての視線が僕に突き刺さっていった



僕を見るな

見るな

見るな



誰も見てなんかいないのに


本当は見て欲しかったのに

本当の僕を



彼らの目は本当の僕を見ていない



本当の僕を見て

こんな僕を、見かけの僕なんて見ないで



本当の僕は…



本当の僕って…誰だ




「ねぇ夕紀君。今日ね」


そんな君の小さな話を聞くこともできない

君の話を聞きながら僕は


つまらない


そう思っているんだよ


早く終わらないかなって



「それでね」



うん、と笑って見せるのに

君も笑って話すのに



僕の頭は君の話を聞こうとしていない

早く一人になりたいって

そう思っているんだよ



ごめんね



こんなに大切な人とさえも僕はまともに話せない

まともに向き合えない


自分のことばかりで

君の話に一つの興味も起こらない




なんて…



なんて無下な奴だ



最悪だ



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