
触って、七瀬。ー青い冬ー
第19章 夢色の雨
「そのお願いにはお応えしかねます」
桃屋ははだけていたシャツのボタンをさらに一つ外した。
「お願いじゃなくて、め…命令です」
命令なんてしたこともないししたくもないが
これは僕の人権を侵害している
ん、と桃屋は僕の言葉に手を止める
「それに、そんな写真持ってたら困るの桃屋さんですから!悪ふざけで僕をいじめようとでもしてるつもりなら、やめておいた方が良いですよ」
いじめなら初めてのことじゃない
不思議とこの類の嫌がらせは何度もされてきた
「いえ、これは悪ふざけではありません」
桃屋ははっきりと否定した
そしてシャツを脱いだ
「私は、本気で」
僕の上に覆いかぶさった
その目が無機質に笑っていた
恐ろしくて目を見開いた
に、と揃った前歯が唇の間から覗いた
歯を見せるような笑顔は今まで見せなかったのに
「あなたを落としたい」
悪魔のような笑顔
落としたい
それは絶対に色好みな男が言うような言葉とは
違う
落とされるのはきっと、この地位から階級の底へ
「あの写真をあなたの高校へ流しましょうか。
それともSNSで世界中に発信しましょうか。
どちらにしろ、今後これがデジタルタトゥーとなってあなたの将来に多かれ少なかれ傷がつくことは間違いないでしょう」
「何が目的でそんなこと…」
「こんな時代です。
入社面接でSNSを確認する会社も多いと聞きますしね。私が本名と一緒にこの写真を乗せれば、
あなたがそんな不埒な人間だと判断されても仕方ありませんね。未成年で既にセックスの動画まで撮ってあるなんてことも知れたら?この動画も動画サイトにアップロードしましょうか」
桃屋はスマホのカメラロールから動画を探して僕に見せた。流れるのは水っぽい音、泣きじゃくる声。
見たくなくて死ぬ程嫌なのに、それが自分であることを信じられなくて凝視してしまう。
「こ、これ、いつ」
桃屋は答えずにまた淡々と言葉を流す。
「男性同士の場合は特に、素人の動画は需要がかなりあるんですよ。
男女のそれより貴重に思えるでしょう。
とはいえ、海外のものなども漁ればいくらでも見られますが。
しかし《国産品》で顔出しの素人、名前まで分かってしまっているようなものは…はて、今までに見たことがないかもしれません」
