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触って、七瀬。ー青い冬ー

第21章 湖上の雫



でもやっぱり僕は人との関わりを求めているからなのか、こういう息苦しい空間も時には必要なのだ

そうじゃないと忘れてしまう
自分だけが苦しいんじゃないってこと


人が出入りした後、扉は閉まりまた電車が発車する


ぶー、と再びスマホがなる
画面を見ると【香田】の名前
今度は文字だ

《どうなった?俺はまだシフトだけど、高梨が帰ってこない。計画ってやつ上手くいったんだろうな》


…いってないよ、と事情も加えて返した
すぐにメッセージが返ってくる

《マジかよ?…これ言っていいかわかんねえけど
あいつ、多分女装版七瀬に本気になったと思う。今まであんなにお客に入れ込んだことないし、あの馬鹿なりに七瀬夕紀とは区切りをつけようとしてるらしいしな…今日の口説き方からして、新しい運命の相手見つけたと思ってんじゃね?
ま、結局相手は同じだけどな》

こちらを指差して爆笑しているスタンプもおまけについてきた。
香田、協力したいのか単に面白がってるのか…


これ以上返信をするのも馬鹿らしいし疲れてきた
頭も回らないし、駅に着くのを待った


異変に気づいたのは二駅過ぎたあたりのこと

人が出入りして、僕は開かない扉の前まで追いやられたが人と目が合わないよう窓の外を見ていた

すると僕の後ろに立つ30代くらいのサラリーマンが間合いを詰めた

まあ、満員電車だ
これくらい間を詰めないといけないこともある
…と思っていたら、脹脛にその人の鞄が当たった

「…」

《周りをよく見て》

いや、まさか…
考え過ぎだ。
桃屋も、少し過保護なところがある

そう思っていると、今度は鞄が足の間に入る

「…」

黙ってサラリーマンの顔を覗き見ようとするが
僕は窓に向かって立っていて
相手は僕の背中に向かって立っていて
周りも人に埋め尽くされていて
振り返るほどの身動きも取れなかった

長めのスカートだと思っていたが、
せいぜい膝より5センチほど長いくらいで
手を入れるのが難しい長さでもない


「…ふぅ、…ふぅ」

なんだ…
嫌な荒い息が聞こえる

【大丈夫だよ】


平賀さんの声が蘇る

…いや、いや、大丈夫
女装だから、多分、触って男だとわかったら
すぐやめるだろう

男は鞄を上に持ち上げる
足の間から、股間に近づくように

こういう場面で声を上げても、
多分僕の方が好奇の目に晒される

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