Memory of Night
第10章 雨
「……ね、貸して?」
「え?」
唇を離して宵が言う。
雨粒の隙間を縫ってかろうじて聞き取れるような、とても小さな声で。
雨に濡れた宵の手が晃のシャツを掴んだ。その手は、酷く震えていた。
「……すぐに手術が必要なんだ。縛りでも女装でも……どんなことでもいい。俺の体好きにしていい……ッ! だからっ――」
シャツを握る手に力がこもる。
そこで宵は、パッと顔を上げた。
「母さんを、助けて」
『助けて』。それは、人に懇願する時の言葉だ。
宵の口からそんな言葉を聞いたのは初めてだった。
宵の顔は濡れそぼった前髪から雨の雫が滴り落ちていて、まるで泣いているみたいに見えた。
晃はしばらく宵のそんな様子を見つめていた。
「それは、もう一度俺のものになるってこと?」
こくり、と宵がうなづく。
「……酷いことしちゃうかもよ?」
言葉の代わりに、宵は晃の手を自分の胸元に触れさせた。 冷たいシャツの奥、心臓の鼓動と肌の温もりを感じる。
「いくら、必要なの?」
「……五十二万」
「わかった」
間髪入れない返答だった。
宵が驚いた顔をする。