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Memory of Night

第13章 吉報


 志穂の病室の前に看護婦はいなかった。

 代わりに、腕を組み、壁にもたれるようにして立っていたのは矢部弘行。

 宵は深く頭を下げた。

 弘行はいたずらっぽく笑い、志穂の病室に視線を移す。


「もっと志穂さんに顔見せてあげればいいのに」


 弘行の言葉に、宵は困ったように笑った。


「……いーよ。人の顔見るとすぐしゃべりたがるし。それに……あんま長居してると泣いちゃいそうだし」

「いいじゃないか泣いたって。お母さんの胸でおもいきり甘えれば……」

「俺じゃなくてあっちが」


 宵はドアの向こうに視線をやった。

 弘行が、苦笑する。


「……それは確かにまずいな」


 志穂の場合、喉にメスを入れている。声帯は傷を付けずに済んだので声を失うようなことはないが、喉の傷がある程度塞がるまでは、しゃべるのは危険だ。傷が開けばその痛みで、呼吸困難を起こす可能性もある。


「君が慰めてあげればいいのに」


 弘行の言葉に、宵はいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「その役割は先生にゆずるよ。俺は足痛いから寝てる」


 瞳を見開く弘行を横目に、宵は松葉杖を軽く握り直してそこを後にした。

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