
オオカミは淫らな仔羊に欲情する
第10章 新天地・東京へ
そのうちにバタンと車のドアが閉まる音が聞こえ、
ホッとした。
運転手は絢音に関心など持たず、
車に乗り込み何処かに消えていってくれる。
再びブウンと唸る黒い車。
本当に乱暴なエンジン音。
耳にかかっていた伸ばしっぱなしの黒髪に、
無精髭、分厚い瓶底メガネ、ヨレヨレの白衣、
くわえ煙草。
歩きながら絢音は、何時だったか? 同じゼミに
入ってる同郷の子が言っていた言葉を
思い出していた。
『あんなもっさい、ダサ男と付き合うくらいなら
アキバのオタク系の方がまだマシだわ』
その表現はどうか、と思ったが。
絢音もあんな感じの男は生理的に受け付けない。
何より、だらしなさそうな奴は絶対ダメだ。
運転手の乗った車は雨に濡れた路面にタイヤを
ギュギュッと鳴らし、アクセルをふかし走り
始めた。
だが同じ方向にやってくる。
道のなるべく端っこを歩いている絢音の横を
通りすがっていくところ。
その絢音の目の前に水溜まり、そこを避けて
先へ進もうと ――。
