『夜の影』第38章「時代」 284ページ - ちょっと大人のケータイ小説
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夜の影

第38章 時代

【紀之side】

奴は電話で、最初にサカモトのことを口にした。

『林はこの後それどころじゃなくなるから、健のことは諦めますよ。
健を取り戻すならチャンスは今しかない』

『健のことは諦めても、アキラのことは諦めない』

アキラを拉致することに躍起になっている林の目を眩ませて、ケンを兄の元へ返す事、それが目的だったのではないか。

そう考えると辻褄が合う。

日本へ来た早々にケンとはぐれたというのは、計画のうちだったのだろう。
林の日本行に乗じて、ケンを逃がすことが目的だった。

そうとしか思えない。

ではケンを逃がして自分はどうする?
智をどう使うつもりだ?

『林はこの後それどころじゃなくなる』

『ヤバイ宗教団体』

林を見限って、智を手土産に香港へ戻る算段か。
ヤバイ宗教団体とやらに智を差し出し、自分の身の安全をはかる。

「智……」

耳鳴りはまだ治まらないが、呼吸が幾分落ち着いてきた。
脂汗が全身をべったりと湿らせている。

近くに積まれていたコンテナの台座を手掛かりに立ち上がった時、後頭部にゴツッと硬いものが触れた。

「ご苦労さま」

多分そう言ったのだろう、背後から若い男の声がした。
耳鳴りのせいで反響して聞こえる。

「ゆっくりこっちを向きな」

肩に手を掛けられて、促された。
振り向くと、見たことのない若い男が銃口を俺に向けて立っていた。

「よくココまで来れたね」

ニヤリと嗤う顔の幼さに驚く。
多分智とそう変わらない年だろう。

「……智はどこだ」

「アンタ、どこか悪いんだろ。
顔色が真っ青だ」

俺の質問には答えずに嘲るように言った。

「探し物はこれだろ? 返すよ、ほら」

放り投げられ、地面に落ちたソレは、智に持たせた発信機だった。

「智は……一緒じゃないのか」

「あいつ健の友達だし、可愛かったからさ、アンタから自由にしてやったんだよ。
アンタ等みたいに、ガキを食いものにして儲けようとする連中には反吐が出る。
あ、吐いてたのはアンタの方か、あははっ、ダセェ」

銃口が上を向いて俺の額に当てられた。

「…………」

「命乞いしてみろよ」

「……智はどこだ」

「助けてください、だろ」

「智はどこか、と訊いている」

カチリと撃鉄が上がった。


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