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闇に咲く花~王を愛した少年~

第1章 変身

    変身

 その日、〝月華楼〟の二階―一番奥まった座敷には初めて客を取る娼妓がいた。女将の自慢は〝月華楼〟の抱えるすべての娼妓が皆、いずれも眉目麗しいだけでなく、その美貌を裏打ちするような高い教養を備えていることである。
―頭が空っぽの女郎なんざァ、所詮は色を売るだけが生業の遊女。花が盛りの中は良いが、散ってしまえば見向きもされなくなる。
 それが、女将の口癖だった。そのために女将は己が妓楼の抱える娼妓たちに対しては常に一定の厳しい水準を設けている。
 そのため、〝月華楼〟に脚を運ぶのは概ね、両班(ヤンバン)と呼ばれる貴族階級の中でも承相クラスの身分の高い客が多い。月華楼を訪れる男たちは単に肉欲の交わりだけを求めているわけではなく、娼妓との気の利いたやりとりや落ち着いた廓の雰囲気を愉しむためでもあるのだ。
 その夜、初めて客を迎えた十五歳の娼妓は粒揃いの月華楼の中でもとりわけ美しく、賢いとの前評判が高かった。
 高々と結い上げたつややかな髪には眩(まばゆ)いばかりの幾つもの簪を飾り、いずれそう遠からぬ先に誰かに紐を解かれるであろうチョゴリは鮮やかな深紫の牡丹色だ。彼女の存在そのものがあたかも一輪の花のような風情を漂わせていたが、よくよく見れば、うっすらと化粧を施したその面は血の気も全く見られないほど蒼褪めている。
 同様に痛いほどに噛みしめた唇も紫色だ。彼女は今、今宵の客を待っているところであった。
 少女は小さな溜息を一つ、零す。もう、どれくらいの間、待たされたか判らない。彼女は初めて自分が迎える客が一体、何者なのかを知らない。ただ女将からは〝身分の高いお方だから、くれぐれも粗相のないように〟と厳重に念を押されているだけだ。
 かれこれ一刻余りも待たれされて、最初は抱(いだ)いていた恐怖もどこかに霧散してしまったようだ。娼妓にとっての初夜がどのようなものかについては、事前に女将から教え込まれていたけれど、やはり恐怖は拭えない。
 教えられたといっても、ごくおおまかなことを口頭で形式的に伝えられただけで、肝心のところは何も教えて貰えない。彼女のそういったことについての知識は、世間から隔絶されて大切に育てられた両班の令嬢にも等しいほど乏しかった。

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