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闇に咲く花~王を愛した少年~

第3章 陰謀

「むろんでございます。私にも多少は医術の心得はございますゆえ、すぐに、おかしいと思いました。ひと口舐めただけで、混入された毒がかなりの強いものだと確信致しました。それも、すぐに効くのではなく、ある一定期間をおいて、効果を現す毒にございます。仮に今日の昼にお飲みになれば、早くて明日の朝、遅ければ夜に殿下は大量の血をお吐きになり、畏れ多いことながらご落命されていたに相違ございませぬ。私の申し上げることにご不審がおありならば、尚薬さまにも同様のことをご下問になってみて下さい。念のために、既に尚薬さまにも毒薬であるかどうかは確認して頂いておりますゆえ」
 土瓶の底に残ったわずかの薬を舐めた尚薬は、確かにこう言った。
―これは、怖ろしい猛毒だ。もっとも、我が国では自生しておらず、明から渡来する荷に紛れて、ひそかに入ってくると言われておるほどの珍しいもの。呑んだ者は血を吐きながら、のたうち回って死に至るという。
 既に老齢に達していると言って良い尚薬は皺深い顔に埋もれた細い眼をしばたたかせながら話してくれた。
―薔薇に似た花、〝偽薔薇(にせばら)〟と呼ばれる希少な花の種からできる薬だといわれておる。
―偽薔薇?
 怪訝そうな表情の柳内官に、尚薬は頷いた。
―或いは真の名があるのやもしれぬが、儂は知らぬ。外見は薔薇に酷似していても、バラ科の花ではないそうじゃ。薔薇に似て、薔薇でなく、鋭い無数の棘を持ち、その美しさは見る者すべてを魅了する。そのように言い表されている幻の花だ。
 薔薇であって、薔薇でない。鋭い無数の棘を持ち、その美しさは見る者すべてを魅了する。
 その言葉を聞いた時、何故か、張女官―あの娘の楚々とした容貌が浮かんだ。
 あの清楚でたおやかな少女の仮面を被った妖婦もまた、偽薔薇なのかもしれない。男の心を惑わせ、その鋭い針でひと突きにする怖ろしい毒花だ。
「なるほど、それで今日の昼は煎薬がなかったというわけか」
 王は低い声で言い、柳内官を鋭い眼で見据えた。
「柳内官。緑花は予の最愛の想い人ではあるが、そなたもまた幼いときからの友であり、単なる臣下とは思うてはおらぬ」

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