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闇に咲く花~王を愛した少年~

第3章 陰謀

 感情の窺えない瞳の奥で、一瞬、王の眼が閉じられた。それから彼は眼を開けて、すべてを受け容れるように微笑んだ。
「そなたの申すとおりだ。運命は、そなたを予に与えてくれた。そなたという、かけがえのなき想い人を手に入れただけで、予は十分幸せだ。たとえ、そなたが側室の立場にあろうとなかろうと、我が妻は緑花、そなた一人だけなのだ」
 それを聞いて、緑花の顔に明るい笑みがひろがった。
 やはり、毒を盛ったのは緑花ではなかった。当然だ、自分たちはこれほど愛し合っているのだから、女が恋い慕う男をどうして毒殺しようなどと考えるだろう?
 王の胸に安堵がひろがる。束の間でも緑花を疑ったことを恥じた。
 自分は愛する女を信じることさえできないのか。そんなことで、緑花のように心清らかな女を愛する資格があるのかと自問自答する。
 光宗は懐から手巾を取り出し、緑花の眼に溜まった涙の雫を拭った。
「畏れ多いことにございます」
 緑花が恐縮するのに、光宗は笑った。
「予とそなたは、いずれ夫婦となる。ならば、さしずめ、今は婚約期間中ということか? 許婚者同士であれば、恥ずかしがらずとも良かろう」
 〝婚約者〟、その言葉が王の心に甘いときめきと幸福をもたらす。改めて緑花への愛おしさが込み上げてきて、王は腕の中の緑花を力一杯抱きしめた。
「殿下?」
 愕いた緑花が身を捩るのに、光宗は笑いながら言った。
「せめて今だけは、そなたが予のものである悦びに存分に浸らせてくれぬか。予の気が済めば、また伽耶琴をつま弾いて、予を愉しませてくれ」
 腕の中に閉じ込めた緑花が抗うのを止めて、大人しくなる。
 しばらくして、夜の闇に再び伽耶琴の深い音色が響き渡った。

 こうして、誠恵は無邪気な娘のふりを装い王に近づき、次第に王の心を掴んでいった。彼女の企みは大いに功を奏し、若き国王光宗は張緑花に傾倒し、ますます寵愛は深まった。
 国王毒殺事件は、内密裡に処理された。何しろ、公にするには証拠がなさすぎる。

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