
闇に咲く花~王を愛した少年~
第3章 陰謀
兄は王として優れているとはいえなかったかもしれない。むしろ十人に余る妃を持ち政務を顧みるよりは享楽に耽った凡庸な王と巷ではいわれている。兄がこの世でやり遂げた仕事は、十二人の后妃との間に九人の王子と七人の王女を儲けたことのみであった。
とはいえ、光宗自身が兄の王としての資質云々を語る気はない。だが、光宗にとっては同じ母から生まれた、ただ一人の兄であった。
永宗が崩御したのは、二十四歳のときのことである。女と酒に溺れる怠惰な生活は、若い健康なはずの永宗の身体を芯から蝕んで朽ちさせていたのだ。息を引き取るまでの数ヵ月は、殆ど寝たきりの状態であった。まだやり残したこともあったに違いないし、残してゆく大勢の妃や王子王女のゆく末も気がかりだっただろう。
その兄の心にこたえるためにも、兄の忘れ形見である第七王子の誠徳君を世子に立てたのだ。誠徳君には六人の異母兄がいたが、王妃の生んだ嫡流の王子は彼ただ一人であったからだ。
自分は本来なら、王になるべき身ではなかった。ゆえに、中継ぎの王として、誠徳君が成人するまで王座を守り続ける。そして、甥が長じた暁には、彼に王座を明け渡し、王統は本来あるべき姿に戻り、兄の子孫が受け継いでゆくことになるだろう。たとえ朝廷が光宗自身が中殿を迎えた上での王子生誕を期待していたとしても、光宗自身はそう望んでいた。
分不相応な欲や権力への固執が血を呼び、血なまぐさい闘争の因(もと)となることを、誰より賢明なこの若き王は承知していた。
「緑花、この際、やはり、側室にならぬか。さすれば、二度と、こんな根も葉もない中傷でそなたを傷つけることはない。妃という立場がそなたを守ることもあろう」
「殿下、以前も申し上げたとおり、私は妃の位も何も望んではおりませぬ。ただ、こうして殿下のお側にずっといさせて頂ければ、それで十分なのでございます」
その時、緑花は既に泣き止んでいた。涙を拭いながらも微笑もうとする彼女を、光宗はいじらしいとも、可愛いとも思う。
緑花は後ろめたさの全くない晴れやかな瞳で王を見た。その心の奥底を幾ら覗き見ようとしても、何も見つけられず、澄んだ双眸には、ひとかけらの嘘も浮かんではいなかった。
とはいえ、光宗自身が兄の王としての資質云々を語る気はない。だが、光宗にとっては同じ母から生まれた、ただ一人の兄であった。
永宗が崩御したのは、二十四歳のときのことである。女と酒に溺れる怠惰な生活は、若い健康なはずの永宗の身体を芯から蝕んで朽ちさせていたのだ。息を引き取るまでの数ヵ月は、殆ど寝たきりの状態であった。まだやり残したこともあったに違いないし、残してゆく大勢の妃や王子王女のゆく末も気がかりだっただろう。
その兄の心にこたえるためにも、兄の忘れ形見である第七王子の誠徳君を世子に立てたのだ。誠徳君には六人の異母兄がいたが、王妃の生んだ嫡流の王子は彼ただ一人であったからだ。
自分は本来なら、王になるべき身ではなかった。ゆえに、中継ぎの王として、誠徳君が成人するまで王座を守り続ける。そして、甥が長じた暁には、彼に王座を明け渡し、王統は本来あるべき姿に戻り、兄の子孫が受け継いでゆくことになるだろう。たとえ朝廷が光宗自身が中殿を迎えた上での王子生誕を期待していたとしても、光宗自身はそう望んでいた。
分不相応な欲や権力への固執が血を呼び、血なまぐさい闘争の因(もと)となることを、誰より賢明なこの若き王は承知していた。
「緑花、この際、やはり、側室にならぬか。さすれば、二度と、こんな根も葉もない中傷でそなたを傷つけることはない。妃という立場がそなたを守ることもあろう」
「殿下、以前も申し上げたとおり、私は妃の位も何も望んではおりませぬ。ただ、こうして殿下のお側にずっといさせて頂ければ、それで十分なのでございます」
その時、緑花は既に泣き止んでいた。涙を拭いながらも微笑もうとする彼女を、光宗はいじらしいとも、可愛いとも思う。
緑花は後ろめたさの全くない晴れやかな瞳で王を見た。その心の奥底を幾ら覗き見ようとしても、何も見つけられず、澄んだ双眸には、ひとかけらの嘘も浮かんではいなかった。
