テキストサイズ

闇に咲く花~王を愛した少年~

第4章 露見

今のところ、香月からの書状に〝任務〟を急かすようなことは何も記されていない。
 領議政は約束は守る男のようで、まだ〝任務〟も完了しておらぬ中から、誠恵の家族の住む村にも食糧や金を送ったらしい。その突然の贈り物は、あくまでも月華楼の女将からという建て前になっている。
 義理堅い男のようにも思えるが、考えてみれば、金品で拘束することで、余計に誠恵を身動き取れなくさせているともいえる。また、〝任務〟遂行のための条件を守るのは、逆にいえば、〝任務〟を果たせない場合には家族を殺すと言ったその条件を実行に移す場合もあるという意味合いにも取れる。
 つまり、〝計画が続行中は家族の生命は保証するが、裏切ったり、失敗したりすれば、家族をもただではおかぬ〟という暗黙の脅迫とも取れる。
 どこまでも計算高い男、怖ろしいほど頭の切れる男だと、つくづくその怖さを思い知らされた。
 沈みゆく太陽が甍の波の向こうへと消えてゆく。橙色に染まっていた空が徐々にゆっくりと色を変え、淡い桔梗色に染まり始めていた。
 自然はどこまでも偉大だ。人間の悩みなんて、あの夕陽の大きさに比べれば、何とちっぽけなものなのだろう。
 ごく素直にそんなことを考え、誠恵は帰り道を急ぐ。世子誠徳君が軽い風邪で寝込んでいるというので、菓子を持参してお見舞いに伺ったのだ。
 病気とは名ばかりで、大事を取ったらしい。無理に寝かせられた王子は大いに不満そうで口を尖らせていたが、誠恵を見ると、途端に上機嫌になった。
―世子には、薬よりも張女官の方が効くようですね。
 滅多に冗談を言わない謹厳な大妃が呟き、その場を笑いに包んだという一面もあった。
 誠徳君の笑顔が少しだけ元気と勇気をくれたようで、脚取りは軽かった。
 その時、突然、背後から口許を分厚い手で覆われ、息ができなくなった。
―もしかして、刺客であることを知られてしまった?
 或いは光宗の叔父、左議政孔賢明に正体を勘づかれたか。
 万事休すだ、正体が知られては、自分ばかりか家族の生命まで危ういのだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ