
闇に咲く花~王を愛した少年~
第4章 露見
誠徳君は誠恵を姉のように慕っている。誠恵の方もまた幼い王子に離れて暮らしている弟の面影を重ねていた。
一方で、光宗との仲は、すっかり疎遠になってしまった。いつもは口づけ以上は求めてこようとしなかった光宗が予期せぬふるまいに出たのは、あの場合、致し方なかった。
幾ら聖君とは呼ばれていても、光宗もまた若い男に変わりはない。好きな女を腕に抱いていて、何もするなと言う方がおかしいのだ。お預けを喰らわされた犬のように待ち続けることが、どれほど男としての誇りを傷つけているか。誠恵も同じ男だから、少しは判るつもりだ。特にあの時、誠恵の方から求めたりしたのが、余計に光宗を煽ったのだろう。非は誠恵の方にあることも判っていた。
あれから、何度か光宗から連絡があった。ついには趙尚宮を通じて、〝必ずいつもの場所に来るように〟と半ば強制的な命令まで届いたが、結局、無視する形になってしまった。
その中に連絡もふっつりと途絶え、
―ついに高慢な思い上がった小娘が殿下の寵愛を失った!
と宮殿中の噂となった。誰もが〝良い気味だ、それにしても、寵を失った女ほど哀れなものはない〟と半ば同情と好奇の入り混じった眼で誠恵を遠巻きに見ていた。
月日は慌ただしく流れ、暦は九月に入った。日中はまだまだ暑いけれど、朝夕の風は、はや初秋の気配を孕んでいる。
九月に入ったばかりのある日、誠恵は大妃殿からの帰り道を辿っていた。既に時は夕刻で、蜜色の夕陽が壮麗な宮殿の甍を照らし出し、さながら黄金色(きんいろ)の輝く波のように鮮やかに浮かび上がらせていた。
考えてみれば、女官として入宮して、もう五ヵ月になる。いまだに領議政との約束を果たせてはいない。
女官張緑花は落ちぶれた両班家の娘という触れ込みになっている。月華楼の女将からは定期的に手紙が寄越されるが、その手紙はすべてさる両班の未亡人を通して届く手筈になっていた。むろん、手紙の封筒には張夫人の手蹟で夫人の名が差出人として記されている。
その夫人は張朱烈という零落した貴族の妻で、良人はもう数年も前に病死している。妻が昔、孫尚善の屋敷で尚善の奥方付きの女中をしていた縁で、この女を〝緑花の実母〟ということにしたのだ。その見返りとして、未亡人には尚善から法外な金が渡っているのはむろんである。
一方で、光宗との仲は、すっかり疎遠になってしまった。いつもは口づけ以上は求めてこようとしなかった光宗が予期せぬふるまいに出たのは、あの場合、致し方なかった。
幾ら聖君とは呼ばれていても、光宗もまた若い男に変わりはない。好きな女を腕に抱いていて、何もするなと言う方がおかしいのだ。お預けを喰らわされた犬のように待ち続けることが、どれほど男としての誇りを傷つけているか。誠恵も同じ男だから、少しは判るつもりだ。特にあの時、誠恵の方から求めたりしたのが、余計に光宗を煽ったのだろう。非は誠恵の方にあることも判っていた。
あれから、何度か光宗から連絡があった。ついには趙尚宮を通じて、〝必ずいつもの場所に来るように〟と半ば強制的な命令まで届いたが、結局、無視する形になってしまった。
その中に連絡もふっつりと途絶え、
―ついに高慢な思い上がった小娘が殿下の寵愛を失った!
と宮殿中の噂となった。誰もが〝良い気味だ、それにしても、寵を失った女ほど哀れなものはない〟と半ば同情と好奇の入り混じった眼で誠恵を遠巻きに見ていた。
月日は慌ただしく流れ、暦は九月に入った。日中はまだまだ暑いけれど、朝夕の風は、はや初秋の気配を孕んでいる。
九月に入ったばかりのある日、誠恵は大妃殿からの帰り道を辿っていた。既に時は夕刻で、蜜色の夕陽が壮麗な宮殿の甍を照らし出し、さながら黄金色(きんいろ)の輝く波のように鮮やかに浮かび上がらせていた。
考えてみれば、女官として入宮して、もう五ヵ月になる。いまだに領議政との約束を果たせてはいない。
女官張緑花は落ちぶれた両班家の娘という触れ込みになっている。月華楼の女将からは定期的に手紙が寄越されるが、その手紙はすべてさる両班の未亡人を通して届く手筈になっていた。むろん、手紙の封筒には張夫人の手蹟で夫人の名が差出人として記されている。
その夫人は張朱烈という零落した貴族の妻で、良人はもう数年も前に病死している。妻が昔、孫尚善の屋敷で尚善の奥方付きの女中をしていた縁で、この女を〝緑花の実母〟ということにしたのだ。その見返りとして、未亡人には尚善から法外な金が渡っているのはむろんである。
