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桜華楼物語

第2章 夜月

陽はとっぷりと暮れて闇が降りて来る頃。
桜華楼の提灯が、赤い格子の向こうの女達を照らしている。
客引き女の声と行き交う男達の声で、通りは賑やかになる。

「ああ…やっと見えてきたねえ…」

開かれた二階の窓辺に寄り掛かり、少し身を乗り出し夜空を眺めてる女。
雲の隙間から少し欠けた月を見つけて、満足そうに頷くと団扇を扇ぐ。
夏の夜の風をはだけた襟元に送りながら、通りを見下ろすと。

ふと、常夜灯にもたれてる男と目が合った。

目が合えば、それは遊女の性で。
手招き代わりに団扇を振って。

「ちょいと、そこの佇んでるお兄さん。良かったら上がっておいでな。」

言われた男は自分の事だと気付くと、微笑しながら店に近付き声を掛けて。

「姐さん、名前は?」
「私は…夜月。夜の月で、よづき」

名前を聞くとチラリと左右を伺い、吸い込まれるように静かに店に入って行った。

「邪魔するよ…」
スッと襖を開けて入ると後ろ手に閉めて。
珍しげに部屋を見回すと、女に懐っこい笑顔を見せて。

窓辺から立つと座布団を持ち男に勧めて。
煙草盆を置きながら座ると軽く手を付き。
「ようこそ、桜華楼に…。うちは初めてかい?」

「ああ、そうさ。江戸に来てまだ一年も経っちゃいないからな。まだまだ、田舎者よ。」
「おや、そうなの。随分と遊び慣れてるように見えるけどねえ…」
「あはは…姐さん勘弁してくれ。田舎者は働き者なんだぜ。」

煙草盆に伸ばされた腕はしなやかに筋肉が張り。
充分に身体を使った生業のようで。
煙管を燻らす男を眺めながら、寝間の支度を終わらせると帯を解き始め。

「一服が終わったらこっちへ…。お兄さんは今日の口開けだから…」


それは、いつになく満ち足りた時間。

初見の客は大抵において、女を探るように試すように多少の照れとぎこちなさがある。
しかしこの男は、そんな様子は微塵も無く。
尽きる事の無い体力と包容力で、女の欲しがるものを与え続けて。
まるで馴染んだ女房のように、好きなように転がし弄び…何度も高みに連れて行き。
女の身体の中を快楽の証で満たしていった。

汗ばみ火照る女の身体を包むように抱き締めると。
耳元に唇を寄せると吐息混じりに囁き。

「…ああ…たまらないねえ、姐さん。こんなに腰が止まらなかったのは久しぶりだ…。」

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