
桜華楼物語
第4章 桔梗
煙管に火を付ける彼を見ながら。
いつもの茶と菓子を出す。
あの時の事は、隣家である彼の耳にも詳細に伝わったであろう。
その時彼がどう感じたのか。
それから彼がどんな日々を送ったのか。
私は未だに聞けないでいる。
彼も、敢えてそれを自分から語ろうとはしないからだ。
私が知っているのは、彼がずっと私を忘れないでいてくれた事だけだ。
親戚の家を飛び出した私を探して探して、ここに辿り着いてくれた。
そして弟を間に置いて、違う新たな関係が始まった。
だから…
私は彼に、抱かれてはいない。
遊女にあるまじき行為だな…
私を抱きすくめた彼を拒否した時に、そう言って苦笑した。
母の血を否定していた自分が、何の因果か身体を売って生きている…。
そんな私をもし父様が見たら、何と思うだろうか。
母様のように…私も斬られてしまうのだろうか。
客が帰った後に、余韻の残る身体を起こして姿見に映る顔は…。
歳を重ねる毎に、母様がよぎるようで。
…また、名前を呼ばれた。
今夜は思い出す事ばかりだ…。
桔梗という名前は自分で付けた。
彼が初めて贈ってくれた着物が、薄紫の綺麗な桔梗柄だったから。
大好きでとても大事なものだったのに。
持ち出し逃げる事は出来なかった…。
だから、せめて名前にして身に纏いたい。
そんなつもりで。
でも、彼が呼ぶ名前は桔梗では無い。
彼だけが知ってる名前。
何度も耳元で囁かれ呼ばれた名前。
もう一度呼んでほしくて、彼を見たら…。
彼の視線は窓の外に。
「時が経つのは速いな…。そろそろ夜明けだ…。いつもながら名残惜しい。」
そうだった。
夜明けの訪れと共に、私も桔梗にならないとね。
「また来るよ。必ず。それまで穏やかで元気でいてくれ…」
「ええ。貴方も…変わりなくいてね。あの子の事、お願いね。」
来た時と同じく頭巾を被ると、一瞬だけ私を抱き締めてそっと部屋を出て行った。
そして、私の…桔梗の一日が始まる…。
いつもの茶と菓子を出す。
あの時の事は、隣家である彼の耳にも詳細に伝わったであろう。
その時彼がどう感じたのか。
それから彼がどんな日々を送ったのか。
私は未だに聞けないでいる。
彼も、敢えてそれを自分から語ろうとはしないからだ。
私が知っているのは、彼がずっと私を忘れないでいてくれた事だけだ。
親戚の家を飛び出した私を探して探して、ここに辿り着いてくれた。
そして弟を間に置いて、違う新たな関係が始まった。
だから…
私は彼に、抱かれてはいない。
遊女にあるまじき行為だな…
私を抱きすくめた彼を拒否した時に、そう言って苦笑した。
母の血を否定していた自分が、何の因果か身体を売って生きている…。
そんな私をもし父様が見たら、何と思うだろうか。
母様のように…私も斬られてしまうのだろうか。
客が帰った後に、余韻の残る身体を起こして姿見に映る顔は…。
歳を重ねる毎に、母様がよぎるようで。
…また、名前を呼ばれた。
今夜は思い出す事ばかりだ…。
桔梗という名前は自分で付けた。
彼が初めて贈ってくれた着物が、薄紫の綺麗な桔梗柄だったから。
大好きでとても大事なものだったのに。
持ち出し逃げる事は出来なかった…。
だから、せめて名前にして身に纏いたい。
そんなつもりで。
でも、彼が呼ぶ名前は桔梗では無い。
彼だけが知ってる名前。
何度も耳元で囁かれ呼ばれた名前。
もう一度呼んでほしくて、彼を見たら…。
彼の視線は窓の外に。
「時が経つのは速いな…。そろそろ夜明けだ…。いつもながら名残惜しい。」
そうだった。
夜明けの訪れと共に、私も桔梗にならないとね。
「また来るよ。必ず。それまで穏やかで元気でいてくれ…」
「ええ。貴方も…変わりなくいてね。あの子の事、お願いね。」
来た時と同じく頭巾を被ると、一瞬だけ私を抱き締めてそっと部屋を出て行った。
そして、私の…桔梗の一日が始まる…。
