桜華楼物語
第4章 桔梗
それからの事は、切れ切れにしか覚えていない。
何人もの親戚が集まり、家名と体裁を繕う作業が行われて。
私と弟は、その中のある親戚に預けられる事となり。
まるで夜逃げのように家を出たのだ。
勿論、彼に会う事も別れを告げる事も出来ずに。
預けられた親戚の家は世継ぎが居なかった。
そこで弟は養子となって…。
そして私は、ただの厄介者となった。
大人達は、私にあの母親の姿を重ねるようになったからだ。
卑猥で淫蕩な血を女達は忌み嫌い、そして男達は…。
お前もあの母親のように…
暗闇の中でいくつもの腕に抑えつけられながら、必死でもがき足掻いていた。
私は…母様のようにはならない…私は違う…
夢中で屋敷を飛び出すと、ただ走り続けた。
走りながら、ふと彼の顔が頭によぎった。
もう、会えない。もう、あの頃には戻れない…。
足がもつれ転んで、苦しい息を整えながら顔を上げたら…。
そこは吉原の大門だった。
ふいに…名前を呼ばれて我に還る…。
頭巾を取る彼が立っていた。
「ぼーっとしていたな。疲れてるのか?」
「…いえ。ちょっと昔話を思い出していただけよ…お奉行様…」
笑い方が少しぎこちないのは感じてる。
「そんな呼び方をするなよ。お前の前にいるのは奉行じゃない。頼むよ…」
彼もまた、複雑な笑みを浮かべて。
煙草盆を差し出しながら、いつもの問い掛けを。
「あの子は元気にしている?」
養子になった弟は、世継ぎとして正式に認められる年齢となり。
その様子を彼から伝えてもらうのだ。
「ああ、つつがなく、だ。姉様に会いたいと言うておるよ。」
「…まさか、会わせてやるなんて安請け合いしてないでしょうね…?」
眉をひそめ彼を見つめる。
「いやいや、そんな事は言わんさ。それくらい心得ておる。安心しろ。」
「またそんな事を言ったら、もう姉の事は忘れろと言ってくださいな…。私は貴方から様子を聞ければ、それで充分だから。」
弟の枷になるのはたまらない。行動も気持ちも。
そっと身体を私に寄せると頬に手を当て。一瞬、あの頃の彼の顔で。
「お前は大丈夫か? 少し痩せたんじゃないか?」
「そうかしら? これでも私、売れっ子なんですよ。そのせいかしら。」
今度は、ちゃんと微笑んでみせた。
何人もの親戚が集まり、家名と体裁を繕う作業が行われて。
私と弟は、その中のある親戚に預けられる事となり。
まるで夜逃げのように家を出たのだ。
勿論、彼に会う事も別れを告げる事も出来ずに。
預けられた親戚の家は世継ぎが居なかった。
そこで弟は養子となって…。
そして私は、ただの厄介者となった。
大人達は、私にあの母親の姿を重ねるようになったからだ。
卑猥で淫蕩な血を女達は忌み嫌い、そして男達は…。
お前もあの母親のように…
暗闇の中でいくつもの腕に抑えつけられながら、必死でもがき足掻いていた。
私は…母様のようにはならない…私は違う…
夢中で屋敷を飛び出すと、ただ走り続けた。
走りながら、ふと彼の顔が頭によぎった。
もう、会えない。もう、あの頃には戻れない…。
足がもつれ転んで、苦しい息を整えながら顔を上げたら…。
そこは吉原の大門だった。
ふいに…名前を呼ばれて我に還る…。
頭巾を取る彼が立っていた。
「ぼーっとしていたな。疲れてるのか?」
「…いえ。ちょっと昔話を思い出していただけよ…お奉行様…」
笑い方が少しぎこちないのは感じてる。
「そんな呼び方をするなよ。お前の前にいるのは奉行じゃない。頼むよ…」
彼もまた、複雑な笑みを浮かべて。
煙草盆を差し出しながら、いつもの問い掛けを。
「あの子は元気にしている?」
養子になった弟は、世継ぎとして正式に認められる年齢となり。
その様子を彼から伝えてもらうのだ。
「ああ、つつがなく、だ。姉様に会いたいと言うておるよ。」
「…まさか、会わせてやるなんて安請け合いしてないでしょうね…?」
眉をひそめ彼を見つめる。
「いやいや、そんな事は言わんさ。それくらい心得ておる。安心しろ。」
「またそんな事を言ったら、もう姉の事は忘れろと言ってくださいな…。私は貴方から様子を聞ければ、それで充分だから。」
弟の枷になるのはたまらない。行動も気持ちも。
そっと身体を私に寄せると頬に手を当て。一瞬、あの頃の彼の顔で。
「お前は大丈夫か? 少し痩せたんじゃないか?」
「そうかしら? これでも私、売れっ子なんですよ。そのせいかしら。」
今度は、ちゃんと微笑んでみせた。