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*。・。*1ページだけのストーリー集*。・。*

第7章 君と境界線を越えてみたい



 言っておくが、これは別に疚しいことではない。純粋に傷心に寄り添うためなんだ。

 と、言い訳がましく自分にずーっと言い聞かせているのは、高校教師である俺が訳あって、狭い準備室に10も歳の離れた女子生徒と二人きりでいるからだ。

「田辺……本当にこの弁当、先生がもらっていいのか?」

「いいんです。食べてもらう宛がなくなりましたから……ぐすっ……」

 机を挟んで向かいに座る田辺の潤んだ目から、涙が流れ落ちていく。

 担当しているクラスの生徒である田辺は、彼氏……もとい、〝元彼〟に作った弁当を捨てようとしていた。
 それを偶然目撃した俺が止めたら、『なら、先生が食べて下さい』と渡してきて……それで、今のこの状況だ。

 しかし『飽きたから別れろ』の一言で切り捨てるって、同じ男としても最低だと思うぞ。

「じゃ、いただきます」

 空気が重たいまま、卵焼きを箸で摘まんで口に入れた。

 これは……。

 少し味わっただけで箸が止まった。途端、田辺の表情が心許なさそうに変わる。

「先生、不味いですか?」

「いや……旨い。この卵焼き、色や形がキレイなだけでなく甘さもちょうどよくて。母親のでも、ここまで感動したことはない」

 再び箸を動かして、他のおかずも口に入れてみる。

 冷めても柔らかく肉汁が溢れ出る唐揚げも、マヨネーズが全然クドくないポテトサラダも、卵焼き同様どれも旨くて。味わって食べたいのに、あっという間に平らげてしまいそうだ。

「良かったぁ。実はそのお弁当……初めて作ったんです」

「え!? 初めてでこのクオリティーって、プロじゃないか?」

「あははっ。先生、さっきからベタ褒め過ぎですよ」

「……っ」

 こんな旨い弁当を作れる上に、笑顔が花みたいに可愛い彼女と別れるなんて。バカなヤツだ。

 俺だったら大事にしたい。泣かせたくない。
 その笑顔をもっと近くで見ていたい。

「田辺。良かったら、また作ってくれないか?
 今度は……俺のために」

「……はい!」

 はぁ……結局疚しいことになってしまった。誰が一番最低なんだか。

 でも仕方ない。俺はもはや、田辺と禁断の境界線を越えてみたいとまで思ってしまっているのだから。


 今は嬉しそうに見つめる田辺の表情を壊さないよう、この疚しい気持ちを隠しつつ、おかずを口に運んでいった。


〈完〉

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