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狂想記

第5章 消えていく

 指がねじくれ曲がっている。右手の、人差し指だ。
 第一関節が、左に曲がり、手前に逸れ、右へ折れ、最後に前へ捲れあがっている。筋が引き攣っていて、気をつけていないととても痛い。
 指はどうせ治らないから、気にしても仕方がない。そう諦めたのは、もう何年前のことだろう。
 図書館で本を読んで、それを返してから帰ろうとした矢先のことだ。私が指のことを思い出したのは。
 学生時代に友人に、偶々出逢った。
 友人と少し会話をすると、気になることを友人がいった。
「同級生だった三澤さんが、行方不明になっている」
 三澤さんとえいば、眼鏡をかけた、知的な女性だ。見た目ばかりではなく、実際に頭が良かったし、その一方で、休日にはブーツを履いて手にはグローブをはめて、大きなバイクを乗り回す、力強い面もあった。
 その三澤さんが、行方不明だという。
 事情はわからない。ただ、自宅に書き置きが残されていて、一言、
 私のことを探さないでほしい――。
 そう書かれていたという。
 心配だね、と私が言うと、そんなことないよと友人はいった。
「なんで」
「実は、俺、三澤さんがどこにいるのか知ってるんだ」
「どこにいるの? なんでいなくなったの?」
「それは夏野さんには言えない」
 そうだろうな、と私は思った。彼女のような魅力は私にはないし、信頼だってされていなかった。何より、私自身の彼女のことを本気で心配していたわけではない。心配するふりをしただけなのだ。
 三澤さんだって、私が信頼できない人間だということくらいは知っていただろう。私も隠していたわけではない。
 ――それに。
 筋が引き攣る。
 私はこんなにも人差し指がねじくれ曲がっているのだから。
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