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カトレアの咲く季節

第8章 嵐

 店の奥にある寝台にユナを横たえると、アレクははぁと息を吐いた。
 汗を吸った衣服が体に纏わりついて気持ちが悪い。踊り疲れたあとだから、喉もカラカラだ。

 一方のライは、いつも通りに涼しい顔をしていた。額には汗の玉一粒すら見えない。
 白く細い指で、ユナの額に張り付いた髪を避けていく。その横顔も驚くほどに白い。

「冷たいものでも飲んで、少し休むといい。ユナのことは僕が見ていよう」
 ぐったりと横たわるユナを見つめるしかできないアレクに、ライは穏やかに声をかけた。
 ライの、タオルで汗を拭いたり布団をかけ直したりする手つきは手慣れていて、アレクは嫌な想像が頭を掠める。

「ユナは、よく倒れるの……?」
 アレクの知る限り、そんなことはなかった。
 たまに薬を飲み下す場面を見てはいたけれど、ユナはいつも笑顔で、ふわふわと笑って、当たり前のように生活していた。

 花屋の客にも、ユナの両親も、ユナを病弱だと感じていた者はいないだろう。
 ユナが薬を飲んでいることを知っていた者だってほぼいないはず。アレクの知る限りは、アレクと薬屋のジンの二人だけだ。

 ユナは気立てが良く働き者の、街で評判の花屋の看板娘だった。

 ライは、横目でユナを見ながら微かに首を動かす。その動きは首を振ったようにも、頷いたようにも取れた。
「少し、無理をしたようだね。何かあったのかい?」
「ちゃんと答えろよ。ユナはよくこんな風になるのか?」

 つい声を荒げたアレクを、ライは正面から見据えた。
 ガラス玉のような緑の目が気持ち悪い、とアレクは思う。家に飾ってある、海の絵のようだ。どこまでも深くて、気を抜いたら絡めとられてしまいそうな。

「今君がそれを知って、何かいいことがあるのかい? そんな質問の答えより、今の君に必要なのは水と着替えだろう。ここには病人を寝かせる場所はないよ」

 落ち着いた、というよりもただ静かな、淡白な声。薄暗い室内にいてなお煌めきを放つような金の髪。
 陶器にも似た滑らかな肌。
 温かい血の通った人間とは思えないような不気味さを、ふと感じる。

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