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カトレアの咲く季節

第9章 二人の少年

 外は先程までの比ではないくらいに暗雲が立ち込めていた。それに伴って、室内も暗く、薄ら寒い。
 まだ昼をいくらか過ぎたばかりの時間なのに、灯りがなければ隣に立つ相手の表情を見るのも難しいほどに。

 ライは寝台の横に置いてあったランプに火を灯すと、テーブルの中央に乗せた。ゆらゆらと揺れる灯りは何だか心許なく、アレクはオレンジに染まるユナの横顔を不安な気持ちで眺める。

 あの雷鳴を皮切りに、大粒の雨が窓や屋根を叩き始めていた。雨の音をうるさいと感じたのは初めてではないけれど、その音に怯えてしまうのは幼い頃以来だった。
 黙っていたら、嫌な記憶をすべて思い出してしまいそうな気がする。

「ユナ、大丈夫かな……」
 アレクは不安を振り払うようにテーブルから離れると、寝台の側に膝を折って座った。
 外されたあの髪飾りは、無造作に枕元に置かれている。手に取ってアレクは、作り物の花びらを撫でるように触る。

 ほんの少し前まで、あんなに楽しかったのに。
 ほんの少し前まで、あんなに美しかったのに。
 ユナの髪を飾っていないそれは、ランプの薄明かりの中では昼間ほど魅力的には見えない。

「なぁ、やっぱりお医者さんを呼ぶべきじゃないか?」
 ユナは静かではあるもののしっかり呼吸をしている。けれど目を覚ます素振りはおろか、身動ぎひとつしない。

 ただ目を閉じて横になっているだけの姿は、アレクには恐ろしく思えてならない。
 二年前の、父を思い出すから。
 荷台に乗せられて帰ってきた、あの冷たい体を。

「この嵐じゃあ、医者の家まで辿り着けるかも危ういだろうよ」
 質素な椅子に深く腰掛けて、ライは困ったように首を傾げる。組んだ足はアレクのように震えてはいない。
 ランプの炎に照らされたその相貌は、今までとはまったく違う色に見えた。

「そうだけど。じゃあこのまま放っとくのかよ!」
「そうは言ってないさ。でも、もし今医者が来ても、出来ることはないんじゃないだろうか」
 感情的になるアレクとは裏腹に、ライはあくまでも冷静に語る。歳が一つしか違わないなんて嘘ばっかりだと、アレクは内心で思う。

 室内に揃えてあるのは、木の色そのままの、簡易的な家具だ。けれどライが腰掛けると、どこか洗練されたもののようにも見える。
 不思議な少年だと、アレクは改めてライを見つめた。

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