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カトレアの咲く季節

第10章 深夜の紅

「勝手なことを言っているのは君だ。僕がこれまでどんな孤独の中にいたか、何も知らないのに。僕はもう充分に我慢をした。本当ならもっと早くに彼女を連れて行くはずだったのだよ。君のそれは、あまりにも自分勝手な意見だよ」

 アレクにはますます意味がわからない。
 ライの言葉は、単なる音としてしか聴こえない。何の意味も為さない、音の羅列としてしか。

「でも君の、その正義感はある意味でとても美しいね。だからこれは僕からの餞別だ。僕は、美しいものには敬意を払うことに決めているのだよ」

 ライの顔が、アレクに近づく。
 金の髪が、紅の瞳が、大きく笑んだ口元の鋭い牙が。

 やめろ、と言いたかった。
 その薄い胸を押して、床に転ばせてやりたかった。
 けれどアレクは動けない。

「さようならアレク。また、いつか」
 ライの、雪のような手がアレクの肩に触れ、あまりの寒さに身震いをする。
 動ける、と思ったその刹那、首筋に強い痛みが刺した。

 すぐそこにある金の髪が、風もないのに揺れて煌めく。
 何かあかい色をしたものが、床に滴となって落ちる──。

 それが、アレクが覚えている最後の景色だ。

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