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カトレアの咲く季節

第10章 深夜の紅

「そんな中で僕を潤してくれるものは何だと思う? そう、美だよ。混じり気のない、確かな美。何者にも侵されない、ただひとつの美。僕は常にそれを探して生きているのだ」

 ライはテーブルに近づくと、一輪挿しに手を伸ばした。
 花輪作りの際に短く切りすぎたらしい白いカトレアが、少し萎れてそこにある。花弁の縁が茶色くなりかけたそれが完全に美しいとは言えないことは、アレクもぼんやりとではあるが納得する。

「花も、人も。美しい時というのは限られている。でも僕なら、それを永遠にすることができるのさ」
 ライは手にしたカトレアに口付けるような仕草をして、また一輪挿しに戻した。

 それから寝台のユナに近づくと、その長い髪を一筋すくって指に巻きつける。
 その身体を抱き留めていたはずのアレクは、気がつけば椅子に腰掛けていた。どうして、いつの間に。
 そんな思考はぐるりと頭を回って抜け落ちていく。

「彼女はとても美しい。でもこのままではいずれ死の神が連れにくるだろう。その前に、僕が彼女を永遠にしようと決めたのだ」

 アレクには、ライが何を言っているのか、半分もわからなかった。
 理解できたのは、近いうちにユナの命が尽きることと、ライが純粋な人間ではないということだけ。

 ユナが死ぬのは嫌だった。
 けれど、ライにユナを任せようと気持ちにもなれない。この場からユナを連れ去るというのなら、それはアレクにとって死と何も変わらない。

「じきに夜が明ける。僕は彼女を頂いて行くよ」
「させるもんか! 勝手なことばっかり言うなよ!」
 アレクは、持てる限りの力を振り絞って叫ぶ。
 死の神でも、そうでなくても。ユナを拐わせなどしない。
 ユナはずっと自分のそばにあるのだ。それが自然だ。

 ライはじっとアレクを見た。
 不意に部屋に指す光が強くなり、二人の顔が照らされる。
 月明かりで見るライの相貌は──濃い赤色をしていた。

 それを認めた途端、アレクの身体は動きを止めた。
 手も足も、まぶたさえも動かせない。
 喉も震えないから、声も出せない。

 ライは悠々とアレクに近づくと、ただ穏やかに首を首を傾げて見せた。

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