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カトレアの咲く季節

第11章 夢か現か

 名前を呼ばれた気がして、アレクは目を開けた。
 飛び込んできたのは見慣れた天井と、なぜか懐かしいように感じる女性の顔。
「ああよかった。ようやく目が覚めたね、アレク」

 こちらを見て心底ホッとしたというように笑うのは、養母だった。
 ユナの、母。
 ここはアレクの部屋だ。

 それを頭が理解した瞬間、布団を跳ね除けるようにアレクは飛び起きた。
「ユナは?」
 自分はどれほど眠っていたのだろう。どうしてここにいるのだろう。ユナは、ライは……?

 けれど焦るアレクを、養母は痛みを堪えるような目で見つめた。唇は微かに笑みの形を作る。瞳は、涙が枯れたように掠れて見える。

「夢を見たのね。久しぶりに高い熱が出たからね。夢の中から励ましに来てくれたのかもしれないねぇ」
 あの子はアレクが熱を出すといつも看病していたものね、と養母は笑う。
 アレクは、何かが歪んでいるのを感じて呼吸がしづらくなる。

「何、言ってるの。ユナは励ましに来るなら直接来るだろう? 商店街は海みたいに離れてはいないよ」
「あぁ、目が覚めたばかりで夢と現実が混乱しているんだね。大丈夫、すぐに思い出すよ」
「混乱なんかしてないよ。ねぇ、ユナはどこ? 収穫祭で倒れたんだよ?」

「そう、収穫祭の夜に倒れたんだよ。そして熱が三日三晩続いた。もう三年になるんだね。あの子は可愛かったから、死の神様に気に入られてしまったんだろうねぇ」

 アレクは息を飲んだ。

 呼吸の仕方を忘れたかのように、ただただ目の前の養母を見つめた。
 白髪が混じっていることを差し引いても、ユナによく似た面立ちの養母。そう言えば彼女は、こんなに髪が白かったろうか。
 こんなに悲しい目をしていただろうか。

「今は、何日? 僕は何歳?」
 妙な質問をするアレクを、養母はまだ目が覚め切っていないと思ったのだろう。幼い子どもにするように、背中をとんとんと撫でて、ゆっくりと声を発する。
「今日はフレンの月の二十日。収穫祭の三日後だよ。アレク、あなたは来月13になる。ユナが死んだのは、今から三年前のこと」

「嘘だ……」
 そんなはずがない。
 ユナとは今年の収穫祭も、一緒に回ったのだ。一緒に美味しいものを食べて、花の舞を舞った。

 三年前のあの高熱からは、ユナもアレクも回復したのではなかったか。

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