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風に吹かれて2

第3章 いつか秒針のあう頃

文章を書くというのは、私にとっては自己表現の一つなわけですが、じゃぁ、自分の何を表現しているの?というと。

それはやっぱり「愛」ですよ(だはは!)

って、なんか、馬鹿じゃないの?腐れ妄想だろ?って自分でも思いますけどもね(笑)



あ、ちなみにご批判を頂いたという文章は、腐れ妄想ではないです。青君の作品に関する私個人の想いについて、でした。

お山妄想のお話に関しては、お叱りもご批判も頂いたことはありません。

腐れ登山家の皆様は、本当にお優しいです。
それは声を大にして言いたい。

皆様、愛情深くて、繊細で、傷つきやすくて。
他人の悲しみに人一倍敏感でいらっしゃる。

あまりにも好きだから、そっと大切に眺めていたい。
ただただ、二人には幸せでいて欲しい。
そこに自分自身はいらない、って。

山コンビを見てそう思われる方々。

だからいつも温かいコメントやメッセージばかり頂いてきました。
ありがとうございます。



でもねぇ、腐ってない人はねぇ……(;^ω^)
っていうか、結局、腐ってるくせにわかったようなことを書いた私が不快だったんだろうな。
びっくりさせて、ごめんなさい、と思います。



絵も音楽も舞踏も。
自己表現とは、その人の中の愛を形にしたものだと私は思っています。

青君がダンスは愛、って言ってるのは激しく同意。
愛とは僕です、もね(笑)。

文章も同じで。

他人の文章を読むとき、それがフィクションでもノンフィクションでも、エッセイでも、呟きでも、垂れ流しでも。

私は思うわけです。

これがあなたの愛なんですね、と。



だからなんだ、ってことはないけどね。
良い悪いの断定なんてしませんが、ある時は感動をもって、ある時は悲しみをもって。

大らかで素晴らしいな、とか。
一途だな、綺麗だな、とか。

なんてオープンで、勇気があるんだろう、とか。
繊細だけど、きっと壊れたりしないんだろうな。

ユーモアいっぱいで、奉仕の精神だなぁ、とか。
誰かの笑顔を想像して、自分から笑いかける人なんだな、優しいなぁ、とかさ。

いろいろ思いながら拝見してます。

未熟者なので、全てを好きだとは思いません。

ご縁のあるなし、って結局魅力を感じるかどうかじゃないのかなぁ。

纏まりつかなくなって来たのでこの辺で。

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