3度目にして最愛
第3章 3度目にして最愛
連れて来られたマンションを抜け出したが、自宅に戻る気が起きず、ただ人の往来が少なくなった歩道や路地を彼女は宛てもなく徘徊した。
時刻は深夜1時を回り、自意識過剰で面倒な女の置き手紙にさぞ腹を立てた男も、流石にもう寝てしまっているだろうかと水城は考えていると、息急き切った男の声と彼女の方向に一直線に駆け付けてくる足音が重なって、嘘だろうという思いで振り返った。
「何で」
そう彼女が理由を聞くよりも先に、開口一番「勝手に居なくなるな、のたれ死んだかと思っただろ」と怒鳴られ、次に「人の親切は素直に受け取れ」と説教を受け、最後にズボンの内ポケットから折り畳まれた紙切れを「後で読んでおけ」と言われて手渡された。
後で読んでおけと言われたのにも関わらず、彼女はその場で折り目の付いた紙切れを開いた。
「自殺を図った女を死んだ女房の代わりに抱く馬鹿が何処にいる」
猜疑心と不信感に満ちていた水城は一気に冷や水を浴びせられた。
穴があったら入りたいと思いながら謝罪した彼女の「ごめんなさい」に対し、男からの返答は無く、帰路に着くまでの深夜の道中に一切の会話は無かった。
水城はこの時他人の厚意を無下にする無礼者だったが、一方的に邪推して失礼極まりない態度を取った自分を再び家に上げてくれる男の純粋な優しさが身に染みない程、薄情者ではなかった。
翌日は二人とも休暇日だった。
他人の家のベッドで水城は泥のように眠り、目覚めると少しだけ普段よりも肩の荷が下りている感じがした。
寝ぼけたのは一瞬で、すぐさま昨夜の自分の失態を思い出し、東条にどう顔向けをしたら良いのか分からずに、兎も角リビングに向かった。東条は角張りのソファに寝そべり、ニュース番組に目を通していた。
「昨晩はご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
東条の視線が自分に注がられる前に、彼女は言い切ってしまうと頭を下げた。
「昨日とは別人みてぇな挨拶だな」と東条の朗らかな笑い声が返ってきた。
まるで昨夜の事が幻とでも言うような彼の屈託の無い笑みに、水城は「また会いたい」と思ったが、それは一旦喉元まで迫り上がって鳩尾深くに沈んでいった。