優しく咲く春 〜先生とわたし〜
第1章 プロローグ
『咲……、笑って生きてね』
父、と言っていた。わたしの父。
その父が、わたしが4つの時に突然現れて、そう言い残して去っていった。
頭を撫でられた、大きくてずっしりとしたその手のひらを、わたしは忘れることができない。
行かないで、と声に出せたら。
あのときの自分の状況を、的確に、父に伝えることができたら。わたしは、10年後の今、こんなところで死を迎えることはなかったと思う。
仕方ない。どんなに考えても、あのときのわたしは4つだ。今更、何を考えても、ここで息絶える運命だったんだ。
それでも自分の死を、受け入れたくなかった。
倒れた地面がすごく冷たくて、地面に触れている面から体が冷やされていく。震えながら、意識がなくなっていくのを、ただ待っている。
心臓の音が、1回ずつ、ゆっくりになっていくのを感じた時、強く強く思った。
死にたくない。
体が動かなくなっていく。迫り来る恐怖。
なんとか運命がひっくり返ることはないのか……。
それでも、目を閉じない、閉じたくない。
閉じたらきっと、死が訪れる。
必死で目を開けるも、その力がどんどんと、体温とともに吸い取られていく。
「お……とうさ……たすけ……て……」
薄れゆく意識の中で、父の姿を見た。
おかしいな、一度会っただけの父の幻想を、最後に見るなんて。
父だと思ったその影は、形をはっきりと表した。
駆け足になった足音は、わたしの方へ近づいてくる。
「おい!! 生きてるか……? 脈……まだある、目を開けろ、寝るな!!」
わたしの手首に触れた、男の人のその手が、すごく温かくて、微笑んだ。
あぁ、誰かがわたしのことを、見つけてくれたんだ。よかった。
あのとき会った、父に……似てるなぁ。
助かるかもしれない、そんな希望を持たせて死なせてくれるなんて、なんて良い人なんだろうか……。
「生きろ!! 目を閉じるなよ!!」
そんなこと……言われても……。
言おうと思って息をしたが、胸の辺りが酷く痛んだ。
苦痛に顔が歪めた。
最期の瞬間は……笑っては居られないものなんだな……。
でも、涙が流れるよりはいいか……。
わたしの手首を握ってくれた男の人の声が、遠く、遠くなっていく。
わたしは、意識を失った。