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戦場のマリオネット

第1章 辱められた矜持


 オーキッド家所有の広大な敷地の一角に、石造りの離れがある。

 数十年もの間、屋敷勤めのメイドも近寄らなかったそこは昔、謀反の罪に問われた貴族や兵士が拘置されていた。


 私が物心ついた頃、ここはその機能も既に失われていた。

 その廃屋に、私は部下のミリアムと向かっている。

 二十二歳の誕生日を迎えたばかりのミリアムは、貴族の令嬢にしては日頃の鍛錬が体格に顕れていて、それでいて年相応の女らしく、嬉々と表情を動かしていた。


「ラシュレ隊長のお屋敷にお邪魔出来るだけでもレアなのに、開かずの間だったあの塔に入らせていただけるなんて、緊張します」

「緊張しているようには見えないよ。それに、今は隊長なんて付けなくて良い。これでもプライベートだし」

「じゃあ、ラシュレ様……?」

「たった二歳下のお嬢様にそこまで畏まらせていたら、パワハラしている気分になる。……あ、足元。気をつけて」


 祖父に預かっていた鍵を回して格子を開くと、苔と腐った雨の匂いが押し寄せてきた。

 ミリアムの腕を掴んでおいて正解だった。何の疑いもなく廃屋に進み入ろうとした彼女は、さっそく足を滑らせかけて、私に掴まってきた。


「すみません」

「ううん。君がそそっかしいのは今に始まったことじゃない」

「耳の痛いお言葉です」

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