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まこな★マギカ

第8章 第五ノニ章




グラスの割れた音が辺りに響いたその直後、周りから人の声が途絶えてにわかに静寂が訪れたようにも感じた。けれどもすぐさまあちこちの席から「失礼しましたー!」と従業員の声が高らかに上げると、その声がやむよりも先に再びホールの中は喧騒に包まれた。

「だ、大丈夫……?」と言って、さやかが心配そうに俺の顔を覗きこむ。

「ああ、ごめんごめん。話しに夢中になって、ついグラス拭くの忘れてたよ。なんかすげぇすげぇぬるぬるしててさ、あのグラス。誰かがいたずらでローションでも塗ったんかな?」そう言って笑顔を取り繕い俺はごまかした。それから上半身だけでシャドーボクシングをしながら言った。「もし、そんなやつ見つけたら俺のこの右手でマットに沈めてやるんだけどな」

「んなわけ……。だいたい誰が塗るのさ、そんなところに」と言って、さやかは笑う。そして「きっと飲み過ぎたんじゃない? そんなに無理して飲まなくても良いから、ゆうきは……」と言って、テーブルの下に潜り込んで、俺の足元に落ちているグラスの破片を拾おうとした。

それを見て、とっさに目の前に座っていた従業員がさやかを制した。「あ、さやかちゃん、俺達が片付けますんで。大丈夫ですよ」言い終わると、その従業員はすぐさま慣れた手付きでグラスのかけらを拾い始めた。

「そうだよ。さやかはそんな事しなくて良いからな」俺はさやかの手首をつかんで手のひらをまじまじと見つめた。「怪我してないか?」

さやかの手は、思いのほか白くそして小さかった。

「う、うん……。大丈夫」と言ってコクリと頷くさやか。「わたしは、拾おうとしただけだし、さ。それより、ゆうきの方こそ大丈夫なの?」と尚も心配そうな表情を浮かべる。

「ああ、俺なら全然平気だから。心配いらないよ」と言って、それから「あ、ちょっとだけキュウベーさんに話があるから失礼するね」と言って席を立った。

20番テーブルを離れて、さやか達の姿が見えなくなるとキュウベーさんに訊ねた。「あの、キュウベーさん、もう一度その女の名前言ってもらえませんか?」

「ええ、はい。まこなさん、と言う方です」

「ま、まこな――ですか?」俺はさらに聞いた。

「はい、そうです」キューベーさんは俺の問いに頷くと、逆に訊いてきた。「お知り合いの方ではないんですか?」

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