ぼんやりお姉さんと狼少年
第19章 狼社会の不文律
やがて息を止めていたのか、二ノ宮くんが肩を上げてから、はあっと大きくそれを吐き出し視線を落とした。
「参ったなあ……こんな子供でもこれか。 ちょっとはイケるかと思ったんだけど」
私でも分かった。
威圧と一言言うと簡単だけど身に纏う空気の密度の違いというか。
昔に何度か、浩二の試合でも目にしたものだ。
「オマエさ、もう一人隠してるだろ?」
雪牙くんの指摘に二ノ宮くんは黙ったままだ。
「そっちの方出せよ。 強いだろ?」
「そしたら二対一でそっちに勝ち目はない」
ん? それはちょっとずるくない?
そんな風に思ってたら、螺旋階段の上辺りからコツコツコツと靴音が近付いてきて、それが頭上の辺りでぴたりと止まった。
一瞬だった。
突然、上空から大きな影が降ってきたかと思ったら、深く体をくの字に折った雪牙くんがホールの端まで弾き飛ばされた。
「雪牙くん!!!!」
直後彼の姿が視界から消えて、破裂音みたいな派手な音。
すぐにそこの辺りからげぼ……げほっ、と何度か吐いてるか咳き込んでる様子の雪牙くんの音が聞こえた。
駆け寄ると、雪牙くんは崩れた壁の中に埋もれてるようだった。
助けるためにそれを退けようとすると、端切れの隙間から板切れを勢いよく蹴って埃まみれの雪牙くんが姿を現す。
彼の無事な姿に若干ほっとしつつも、改めて先程の場所に顔を向けた。
そうやって姿を現したもう一人はホールの中央に立っていた。
浩二位の長身。
横幅もあるが、太っているとかではなく、胸が厚く隆々とした体型だ。
見たことの無い珍しい濃い緑の瞳と、茶色の髪。
無精髭の壮年の男性。
その野性味のある外観に、これまでの誰よりも、人ならぬ匂いがぷんぷんする。
これはさすがに、かなり雪牙くんに不利ではないだろうか。
その人が意外ににこやかな表情を雪牙くんに向ける。
「美しい少年だね。 あんまり史実通りのキレイな髪とか見てたら、つい汚したくなっちゃってごめんね」
「……構わねぇよ、別に。 不意打ちでも二人がかりでも」
いやこれは危険だと思う。