ぼんやりお姉さんと狼少年
第29章 始祖の子との対峙 前編
似た境遇。
そんなものも、牙汪が琥牙に同調した理由になるのだろうか。
こんなに二人は異なるというのに。
いや、そうだろうか。
彼は悲しみや怒り、そんなものに駆られる時、琥牙はその表情や声から感情を消すに過ぎない。
ビジネスホテルでの『彼』はきっと琥牙そのものだったのだと思う。
「その女をオレに与えるなら、返してやってもいい」
「それは私が許さぬ」
「ダメだ」
間髪入れずに供牙様と、後ろにいた雪牙くんが応える。
そんな供牙様と私たちを見渡し、牙汪が若干の余裕を見せながら片方の口角を上げた。
「じゃあ、どうする? 親父。 あんたがオレに手を出すんなら、この男が傷付くだけだぞ」
「………最小限、体を傷付けずに精神を痛め付ける方法なら、幾らでも知っているが」
「……………」
二人が睨み合う。
その場が不穏な空気に包まれる前に私が口を開いた。
「構いません。 少しの間なら」
「真弥っ!」
私の腰にしがみついてくる雪牙くんの肩を抱いて、牙汪の顔を見据えた。
私はこの子に琥牙を返してあげたい。
朱璃様にも。
「私なら構いませんから、琥牙を戻して下さい」
牙汪がそんな私からふいと視線を外し、地下のここから見えるはずも無い空を見上げる。
「……月がまだ、満ちてない。 その頃にはこの怪我も治るだろう」
思ったよりもしっかりした足取りで、牙汪が供牙様を通り過ぎて、私がいる戸口に歩いてくる。
それを左右に避けた私たちの傍を通りかかる時に、小さく彼がひと言言った。
「約束を違えるなよ」
「……そっちこそ」