テキストサイズ

ぼんやりお姉さんと狼少年

第31章 ゴールデン・ドーン


陽が出る直前の夜明け。
煌めく輪郭線が稜線を縁取り、そこから芒と伸びる閃光に目を細めた。

その北東には水彩で描かれたみたいな薄紫を背景に、明けの明星が輝いていた。
毎日様子が変わるここの多様な美しさにはいつも息を呑む。


「あれ、桜井さん。 上着そんだけ?」

「来る時急いでたから」


山の夏は短いという。
話しながら、早朝とはいえ吐く息が目に見える季節になった事に気付いた。
毎度おなじみで二ノ宮くんが肩に私を持ち上げたが、今回は低い位置でそれを固定するのに膝の裏と背中で支えてくれた。


「くっ付いてなよ。 獣体のがいっかな?」

「平気だよ」


彼の目線は私よりも少しばかり低い。
五センチ位でも結構違うものだと感じた。


……そもそも、目の届く範囲なんてちっぽけなものだ。

例えば人の視野は、120度とかだっけ。

それなのに、あるべきと信じたものに向かって前へならえをし、余計に狭めた視界の中で、私は見たいものを見てただけ。

感情どころか五感さえも支配される。

この無駄に大きな力はなんなのだろう。


そして私は、そんな力に導かれて彼を生かせるために彼を傷付けた。


「行くよ。 こないだみたいに体勢キツくない?」


正しい事をしたなんて思えない。

それでもそう思わなきゃ立てない。


「……大丈夫」


やり方なら分かってる。
残った綺麗な思い出だけ心に在ればいい。

だから私は大丈夫。



ストーリーメニュー

TOPTOPへ