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ぼんやりお姉さんと狼少年

第2章 琥牙という少年



伯斗さんが説明を続ける。


「とはいえごらんの通り、私には人に変わる力はありません。 生まれながらに人の姿である琥牙様は私たちの仲間内ではとても大切な存在なのです」

「おれは伯斗みたいに生まれたかった。 小さい頃から自力で餌を取るのも苦労したし」


伯斗さんが現れてからあからさまに不機嫌になった琥牙が拗ねたみたいに言う。


「えっと、でも。 狼男とか人狼ってさ確か、人間が狼に変身するのよね?」


映画とか小説で、史実通りの眉唾的な。
ごくごく素朴な質問を投げると琥牙は俯いてしまった。

小さな賃貸マンションのベランダで話し込むのもアレなので仕方なく狼を部屋に招き入れたものの、伯斗さんが居座ると10畳の自室が途端に狭苦しく感じる。


伯斗さんは言葉遣い通り礼儀正しい人(狼)らしく、フローリングの床に上がる前にじっと自分の肉球を見て何か拭くものはありますか、と訊いてきた。

その一言で私から彼に対する驚きや恐怖のようなものがすっとどこかに消え去った。


「通常は人の歳でいう10歳前半で、とっくに成長し狼にもなれる筈なのですが、まだ琥牙様にはそれがなく私達にも理由が分からぬのです。 もしかして琥牙様の母君が人間のせいかも知れませんが」

「人間……」

「私達の里ではもちろん雌も生まれます。 ですが琥牙様の姉上然り、人の姿の雌はおしなべて短命で、成人前に亡くなってしまいます。 現状私たちの里で……琥牙様の周囲には彼のつがいになれる者は居りません」

「さすがに狼の雌とは致せませんものね」


至極真面目にそう返す。
想像したくない光景だった。


「そして冷静に思えば琥牙様がこうやって里を出たのも、思春期の雄の行動と考えるならば自然な事なのかも知れません」


考え深げにため息をつく狼を見ながら私はなんだか嫌な予感がした。


「狼の雄は通常思春期につがいを選ぶんですよ」

「はあ……」

「おれ、真弥をおれの伴侶にする」


そして無邪気な笑顔で琥牙が食い気味に言い切った。


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