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冬のニオイ

第4章 The day after 10years

【翔side】

消せるインクのボールペンを使って何度も訂正しながら、長ったらしくなるのを、削って、削って。
ようやく一枚にまとめ日付を入れた時、今日があの人の誕生日だったことに気づいた。

『誕生日おめでとう』

最後に追記してまた読み返し、やっと封筒に入れる。
コートのポケットに祈る気持ちで忍ばせた。

貴方が幸せでいてくれたなら、それでいい。
俺は貴方の生活を乱すようなことはしたくない。
ただ、もしも何か困っていることがあるなら俺に出来る限りで力になるから、良かったら連絡して欲しい。

そう、書いた。



店を出る頃には既に昼近くなっていた。
外へ向かいながら、つい癖で書店の学参の棚へ立ち寄る。

隣り合った児童書のコーナーには窓に面した場所に広いキッズスペースがあって、ままごとみたいな小さな椅子やテーブルが設えられていた。
子供の声が聞こえる。
憶えのある一節が懐かしくて、何となくそっちを見た。

姉弟かな?
二人並んで、窓際にちょこんと座ってる。
年上に見える女の子の方が、子供に特有の甲高い声で宮沢賢治を朗読していた。
「猫の事務所」だ。

寄り添って本を覗き込んでいるのは弟君なんだろう。
一年生くらいかな。
智君に似てる気がした。
挿絵に見入っているのか口が開いてて、子供なのに鼻筋が通った綺麗な顔だ。

ふっ。

お姉ちゃんが読むのに合わせて、眉毛が上がったり下がったり忙しい。
あの人が困った時に見せる八の字眉を思い出した。



見つめていた俺の気配を感じたのか目が合ってしまい、思わず笑いかける。
恥ずかしそうに微笑み返す子供は、よく見ると耳に補聴器らしいものを着けていた。
胸に絵本を一冊抱えてたから、身振りで何の本? って訊いてみる。

彼の胸を指さして本を読む仕草をしてから、人差し指を立てて左右に振り、手の甲を差し出すようにして見せて、ゆっくり手の平を上に向けた。

男の子はちょっとビックリした顔をして、胸に抱えてた本の表紙を俺に見せてくれる。

おお。
「100万回生きた猫」だ。

二人は猫好きなのかな(笑)。

人懐こい性格の子なのか、立ち上がると俺に向かってオイデオイデとやる。
不審者に間違われないかな、と一瞬思ったけど。
智君に似てるのもあって俺は二人の方へと歩いて行く。

傍らにしゃがみ込んだ時、窓の外から悲鳴が聞こえた。


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