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小さな花

第3章 Saliva


少しして1人がトイレに立ち、もう1人も「ちょっと電話~」と席を外した。


1人になったシンくんに手招きされる。


「今日はずいぶん飲んでるね。楽しそうでなによりです」


つい出てしまった冷たい口ぶりに、それでも私は後悔しなかった。


「妬いてんの?」


「はい?」


「また膝舐めてやろうか」


「結構です」


「んだよ、つれないな」


すぐに女性の1人が戻ってきたので、私はくるりと向き直してほかの接客へ向かう。


聞こえてしまった、「このあとどうするぅ?私の家くる?ふふっ」という甘ったるい声をかき消すように…。




シンくんたちを横目に、ほかのお客さんへのビールを注ぎながら思った。


そういえばこの間はカズヤくんの取り巻きがお店に来て…

キャバ嬢たちとさんざんイチャついていたっけ。


「俺らからするとキャバ嬢はお客でもあり商品でもあるから仕方ないんだよ」

とヘラヘラ謝ってきたけれど、謝られる理由なんてひとつもなかった。


だとしても、普段言い寄ってくる人がほかの人とイチャついている光景は気分の良いものではない。


ここは私に嫌がらせする人が来るお店か?


キリキリと疼く胃に耐えながら、見えないストレスが積まれていくのを感じた。



それからもシンくんはお弁当を買いに来たし、今までとなにも変わらなかった。


あの子の家に行ったの?なんて野暮なこと、聞けるはずもなかった。





しばらく経った土曜日、倉田くんがBLUEへやってきた。


同じ商店街で働いていると道ですれ違うこともしょっちゅうで、そのたびに倉田くんは優しく挨拶を交わしてくれていた。


「あれ?倉田くん!ひとり?」


「あっ、はい…!社長が教えてくれて。来ちゃいました」


「嬉しいな。座って座って。何飲む?」


「えっと…――」



正直、27歳には見えない肌の透明感やあどけない表情の倉田くんとお酒とは似合わない気もした。


「倉田くんってお酒強い?」


「そうですね、結構飲めますよ。はは」


照れたように笑う彼は、たとえるなら子犬のようだ。



「山崎さん、」


「せいらでいいよぉ」


「あっえっとじゃあ…せいらさん」


「はい。…ふふっ」


「この町には慣れましたか?なんか…困ってることとかはないですか?」


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